FC2ブログ

スポンサーサイト

  • --/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

受け付けJo

  • 2010/02/28(日) 02:24:47

こんばんは、アルバートです.現在夜の二時をやや過ぎたところ.ついさっき帰宅いたしました.
朝は9時に家を出て、この時間の帰宅.ほぼ立ちっぱなしだった事を考慮すると,今の僕にしてはよくやった方です.いやまったく.
本日は終日受け付けJoでした.たまにMike Cとかになったりもしましたが,基本受け付けJoでした.
というわけで本日のスピーチは,動員350名を大幅に越す大成功におわりました.
ご来場頂いた皆様,本当にありがとうございました.
今日の経験は明日にいきます.そして一つ,僕はまた新たな決心を得ることが出来ました.早速明日から実行に移します.
これについては,今書いてしまうと面白くないので,ボチボチ書くとして,ともあれ本日のスピーチに関わって来られた全ての皆様方へ.
ありがとう,と感謝の言葉を申し上げたいと思います.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。
スポンサーサイト

これでアナタも大連通!

  • 2010/02/23(火) 00:05:44

こんばんは.今日は久しぶりに真面目なネタでいこうかと思います.ずばり大連について!
いつもならここで僕が持論をだらだらと展開するところなのですが,今回に限っては,そんなものより遥かに優れたサイトがありまして,そこのご紹介をさせていただきたく存じます.
その名も大連通(http://www.dalian2.cn/).日本語のサイトですのでご安心を.
大連というと,日本人にとっては歴史的にも地理的にも近いような遠いような不思議な存在という一面がありますが,今の彼の地は中国内でも特に経済発展の著しい場所としての一面もあります.今も昔も,理由はいろいろあれど,大連旅順というのは日本人にもとても馴染みの深い地名だと思うのです.
さておき,そんな今の大連には世界中から大小の企業が押し寄せてきており,また旅順やその近辺の観光地化も同時に目覚しい勢いで進んでいるようです.
しかしながら隣国とは言え,それでも海外海外中国語もなかなか触れる機会が無いし,魅力は感じるけれど,いざ実際に行ってみようと思うと急に敷居が高くなったように感じてしまうもの.そこでこの大連通の出番というわけです.
個人ベースで運営されており,まだまだこれから規模を拡大していくようですが,現状でも大連への一歩を踏み出すには必要十分.などの中国特有の事情についても書かれており,また掲示板などを通じて現地の人と直に,しかも日本語でコミュニケーションが出来るというのは,ここならではの特色ではないでしょうか.大連の情報を日本語で,現地の中国人に聞くことが出来る.素晴らしい世の中になったものです.
僕も以前,iBSの盟友Brandonのエスコートで大連を訪れたことがありますが,とても良い経験でした.でこれでもかとお腹を壊したことを含めて(笑)
本物の中国料理を食べ,本物の中国茶を飲み,中国の生鮮食料品売り場を見たり,デパートに行ってみたり,かつての日本人街を見て回ったり,マッサージを受けたり,伸び盛りの活気に溢れる街並みを楽しんだり,かつての激戦地旅順を訪れたりと,随分と贅沢な思いをしたものだなと振り返ってみて思います.でもそれも現地を知っている人のエスコートがあればこそ,なんですよね.
ふらっと訪れるのも面白いですけれども,どうせなら何かツテを作ってからや下調べ程度はしてから行った方が時間も有効につかえるというもの.それでなくとも,外国の事について日本語で現地の人と直にコミュニケーションを取ってみるのは面白いもの.通常のケースだと言語が壁になる事が多いと思うのですが,ここの管理人さんはなんと鹿児島に留学経験がおありで,日本語もばっちりという事で.何度かメッセージのやり取りもしていますが,全て日本語で,中国語を扱えない自分が恥ずかしく思えるほどです.
というわけで,大連紹介サイト,大連通,ぜひ一度ご覧になってみてください.ああ,隣国中国にはこんな土地があったんだ,と,ニュースや新聞からだけでは見えない中国が,大連が見えてくるかも.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

アルバートさん黄昏時にボヤく

  • 2010/02/22(月) 02:54:55



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

翔ける

  • 2010/02/21(日) 00:11:31

こんばんは,める青年アルバートです.
君のような間がいくらんだところで,所詮間万事塞翁が馬なんだよと自分に言ってはみるものの,馬耳東風です.
疑問,閃き,考え事,悪巧み,発見,そんなものたちはフトした瞬間に,何の前触れも無くやってくるものです.たとえばホラ,今この瞬間に,僕はフト思ったわけです.このブログよくこんなに長く続いてるなぁ,と.自己言及です.
今日は少し肩の力を抜いて,そんな事を考えてみます.
僕は何故ブログを書くのか?書いているのか?なんて質問をしてはいけません.大好きな迷宮入りの案件が一つ増えるだけです.他にも表現する方法はあるのに,何故ブログなのかと質問を絞るならば,僕はこう答えます.僕がこれを始めようと思ったときに,もっとも重視していたのが開かれていること,だったからです.閉じているもの,閉鎖的なもの,否定的なものにたいする僕なりの反発だったんです.オープンである事,というのは今でもこのブログの大事なテーマでもあります.
僕はどのようにしてブログを書いているのか?パソコンで書いている,なんてナンセンスな回答はいただけません.このブログは僕の経験です.経験あってこそのブログです.ネタなんて時間と体力さえあれば毎時更新可能だと思えるほど,いくらでもあります.しかしながら,そこから何を書いて,何を書かないのか,それを選ぶ選別眼こそ真に価値のあるものなのです.
僕は何を書いているのか?ブログです.何かを経験して,その時その時に僕が見ている現実を文章にしているわけです.だから書いている事が常に真実だとは限りません.気まぐれな僕は,ある時にはそれは変わらぬことだと言い,ある時には万物は流転すると言うものです.
僕はいつ書いているのか?今は夜中です.実際のところ,書きたいと思ったときに書きます.または書くべきだと思ったときに書きます.さもなければ,筆は取りません.無理に書かれる言葉が哀れですし,何より書き手として読み手の方々に対する態度ではありません.
僕はどこでブログを書くのか?今は自宅です.ブログを書くときには静かな場所を好みます.物理的な静かさが手には入れば,それが一番なのですが,そうでなければ周囲の喧騒を気にせずにすむ心理状態で書きます.僕にとって場所とはそういうものです.
僕は誰でブログを書くのか?ん?何だか質問が壊れてきました.僕は僕でブログを書きます.たまに他の僕が僕の僕を利用して僕として僕のブログを書くことがありますが,やはり僕は僕であるので僕であるという答えになります.あ,そういえば最近,アルバートさん実はデーモン仮説なるものが出てきておりますが,完全なるでまかせですのでご心配なく.
ともあれこのエントリーを読んでいただいてお分かりかと思いますとおり,最近ちょっとOverflowかつOverwork気味なので,この日曜はゆっくりと休むことにします.
って,完全にタイトルを書いた時に書きたかったことを無視して書きましたアルバートです.力抜けすぎでしょうか.そういうオチじゃつまらないのでちょっと付け足します.
このようにして前触れも無く襲ってくるものを,衝動と呼びます.その衝動の一つ,翔ける!という衝動はもっとも抑えがたいもののひとつだと僕は思うのです.特に,迷いの無い翔けたい,という衝動は.
視点によっては,僕と僕のパニック障害との付き合いは,最も僕の衝動が現れたときに激しさを増すと言えます.もしこのパニック障害が無ければ,僕は素直にその衝動によって自分を動かすタイプの間だからです.
しかし今それをしてしまうと心身の消耗著しく,とても現実的では無いために,翔けたい衝動を抑える必要があります.自制心です.アメリカという国に留学をして,学んだものの一つです.
何を書いて,何を書かないのかというところで,選別眼について触れましたが,これもまた自制の心無くして成り立たないものであります.実のところ,ブログで真に難しいのは,書くことではなく,書かないことにあると僕は感じるのです.
書きたいことがあり過ぎる時,僕はあえて筆を取らないことにしています.過ぎたるは及ばざるが如しという言葉に倣っただけと言えばそれまでなのですが.得てしてそういう時の記事というのは,まとまりに欠け,返って伝えたいことが伝わらなかったりするものです.もちろん,僕は書き手の主観からそれを判断しているわけですが,真偽はともあれ,その疑念がある以上,筆は取るべきではないというスタンスなのです.
最近少し過労気味と書きましたが,もし仮に心身に問題が無ければ大した程度の事は全くしておりません.ただただ,僕自身の翔けたい,という衝動がそれをハードなものへと導いていくのです.
以前僕のことをマグロと称したが居ましたが,こういう自分の性分を見るたびに,ああナルホド言い得て妙だねと思います.生きるためには,泳ぎ続けなければならないのです.
お恥ずかしい話なのですが,先週放送されたNHK大河ドラマ龍馬伝,遥かなるヌーヨーカを先程録画で見まして,最後のあたり,龍馬がその家族を前に自分の黒船で世界をまわるを語っているシーンに思わずしてしまいました.
溢れ出る感情,交錯する記憶,希望,そして.もう長時間の飛行機なんぞ乗りたかぁねぇんだ!と思っていましたが,それでもやはり僕は海外へ行きたいようです.見たいものが沢山あるようです.感じたいものが沢山あるようです.
僕がなぜ留学をしたのか,ただ単に進学に都合が良かったからというご都合主義的な理由ではなく,自分だけの理由を見た気がしました.その心の奥底にあるものを.とにかく我武者羅でもいいから,無心で挑んだつもりの留学にも,心があったものかと今更ながらに思い,募る海外への想いに,ただただため息混じりに,ヘヘヘ,そうだったのか,と呟いてしまうアルバートです.
そうです,何となく分かりました.なぜ,自分の意思で,自分の力で,自分の望む留学を現実のものに,その手に掴もうとしているを見て,心から応援したくなってしまうのか.その気持ちが,痛いほどに心に響くのです.そして何よりもそのをかなえた姿を僕自身が見たいから.本音を言うと少し寂しいけれども,きっと嬉しさの方がその何倍も勝っているから.
こうして書くと響きはいいですが,とてもネガティブな見方をすれば,それは単に人のに便乗した僕のエゴの形なのかもしれません.でもこのエゴも今まで生きてきた中から出てきたものなので,何かしらのものには変えられると思うんです.僕の力次第で.今はただそう信じて,自分に出来る限りの事を精一杯やって,日々を過ごしていくのです.それが今の僕が翔ける道なのだから.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

久しぶりにコーヒーを

  • 2010/02/17(水) 23:28:40

何か物事に詰まると,コーヒーに手をだすのがクセでしたアルバートさん.
ところが最近パニック障害のせいか,コーヒーを飲むと調子が悪くなるってんで自粛していたのですが,本日とうとうやっちまいました.コーヒー
変なスイッチ入ってます.お陰さまでデーモン小暮閣下のモノマネなんぞをやらされるハメになったりとか.
After Effectsと格闘です.ああ,明日はいつ来るのだろう.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

悩める人

  • 2010/02/17(水) 00:25:56

む,み込む,それぞれだ.
傍から見ている分には,おちゃらけでちゃらんぽらんな僕も一応人間であるから,一応む事もある.
むしろ今までいろいろとんできただろう.
みというのは,それを持っている時には,ありがたいようであり同時にむ事から,それを難しいと感じる事もある.
だがそれでも悩みや考える事が無くなったりはしないだろう.
そんな中,幸いにして僕には悩みの無いことがある.
それは自分やの悩みを許容できる人間になろうとする事についてである.
悩むこと無く,真っ直ぐ突っ走れる生というのも悪くはないだろう.
だが僕のような人間にとって,そこには落とし穴も存在する.悩む事の無い,という事と,悩まない,という事と,悩めない,という事は全くの別物だということだ.
それを勘違いしてしまって,無理に悩む事を制限し,結果自分は悩んでいないと思い込んでしまうと,歯車は素直なものでどこからか狂っていく事すらある.恐ろしい体験である.
ある人が言っていた.悩みは人を成長させると.わかっていることでも,誰がそれを言うかで,誰からそれを聞くかで不思議と言葉の意味というのは変わってくるものだ.
ならば僕は大いに悩もう,悩みに素直に生きようと.そして人にもまたそうして接する事が出来る人間になろうと.
僕はどちらかというと,悩むよりも決断をもって事に挑む人間であった.
ただその決断に時に自信過剰とも言える態度で依存してしまったために,数々の失敗もしてきた.もしあの時,決断するかわりに悩む道を選んでいたらどうなっていたのだろう,と思えることは数知れない.違う結果はありえただろうか?
単純に決断するより悩むほうがいい,というわけではない.僕が言いたいのは,双方ともに軽んじてはならないという事だ.
今の悩める僕は,悩めるがために,少し視界が広がった気すらする.人生の悩み,人付き合いの悩み,将来の悩み,身の悩み,恋の悩み.それらが僕にどれ程の視界をくれたことか.
これもまた単純な事なのだろう.でもそのあまりに単純なことにこうして日々気が付けるのが何よりなのだ.
例えるのなら,毎日毎日通っている道で,毎日毎日新しい発見をするようなものだ.
それがどれ程素晴らしいことなのか,文章で表現し切れないのが唯一悔やまれる.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

僕は変わっていく

  • 2010/02/14(日) 13:34:42

諸行無常と言われれば,何となくああそうかなと思うけれども,いざ自分はわっているのか?と考えると,うーんと考え込んでしまう事もある.だが最近の僕は幸運である.
自分がわったことに後になって気がつくことはそこそこある.だが自分がわりつつあることに気がつくのは稀である.幸運だと言ったのは,今自分がそうしてわりつつある事を実感しているからだ.ただそれがどのように,と言われると説明するのは難しい.それこそ無常の言葉の並びが必要だ.
僕はよく質問をする.だがそれは疑問に限ったことであって,問題についてはその限りではなかった.疑問問題という言葉が適切かどうかは実は良く分からないのだけれども,ともあれ僕には抱くものに二種類あって,片方はコミュニケーションなどを通じて解決されるもので,もう片方はとにかく自分の中で問い詰めて答えを出すものだった.
これは僕のコミュニケーション方法に依存する問題でもあった.何故かは知らないが,小さい頃,記憶に残っているところだと小学校低学年ぐらいの頃からだろうか,の僕にとって会話というのは既に始まる前から結論が存在し,終わっているものだった.
なぜなら最初の一言を発する前に,自分の頭の中で会話の終りまでの流れをシミュレートしてしまっていたからだ.よって会話の前に結論が存在していた.会話はそれに至るための単なる儀式のようなものであり,とても酷い言い方をすれば,結論が既に存在する以上,果てしなく省略可能なものであった.最初から結論を認識すればそれで良かったのである.
これは逆説的な仮説だ.つまりは,僕は回答の無い会話は始めない,という事からこう遡る事ができる.この分析が真実なのかどうかは僕にも良く分からない.ただ事実として,あんた結果主義的なところがあるよね,とたまに言われる事もあったし,自分が回答を持たない会話を積極的に始めることはあまり無かっただろう.英語を勉強するときにも,これが大大きな壁だった事を覚えている.なぜなら英語は全く逆のアプローチを好む言語だからだ.そんな僕が何で英語を喋ることが出来るようになったのかは謎である.ともあれ,だから疑問そのものや問題に対する回答は持ち出しても,自ら問題そのものを持ち出す事を好まなかったのは確かだった.つい今日という日までは.
何故だか今朝寝不足の目を擦りながらふと目覚めてみると,ある事についてある人に何か意見を求めたくなっていた.そして気がつくと,調子はどうだい?と電話をかけていた.もしかしたらまだ夢見心地で寝ぼけていたのかも知れないし,あるいは単に何か話す口実が欲しかっただけなのかも知れない,正直なところ.たぶん,世の中ではこれは普通の事なんだと思う.何かに悩んだ時に信頼できる人の言葉を聞くという事は.ただ僕にとっては大きな事だった.
今日僕は簡単な質問をした.簡単な悩み事について.ある人に.結論の見えない,つたない言葉で.そして信頼の出来る答えをもらった.とても大げさに書いているけれども,本当にたいしたことの無い,むしろあんたそんな事気にしてたの的な,とても僕らしくない質問だった様に思う.
でもそれこそが,疑問ではなく問題について人に何かを求めることができるという事こそが大事なのだ.電話を切った後,僕の心には信頼という言葉が残っていた.
疑問というのは暫定の回答でも事足りるし,また回答が間違っていたとしても,大した事ではないし,極端な話,回答が存在しなくとも問題にはならない.その点で問題とは違う.問題はそうはいかない.回答を見つけ出し,それに乗って前へ進まなければならない.泥船だとわかっているものには乗れないし,誰かを自分の泥船に乗せるわけにもいかない.つまりは回答への信頼性が問われる.同時にそこには問題の程度に応じた責任も伴なう.だからこそ,僕はそれらを自分で全て負う事を選んできた.そう今日という日までは.もう一度書いておくけれども,今回のエントリーに関しては,この疑問と問題という言葉の選択が適切かどうかは,わからないので,もしより相応しい言葉があれば置き換えて読んでいただきたい.
恐らく,僕を良く知っている人ほど,面と向かって付き合いのある人ほどこの化の意味がおわかりになるんじゃないかと思う.大きいけれども,それぐらいの繊細な変化だ.ここまで読んでいただいて既に明らかな通り,自分でもまだよく把握していないし,記事にするには少し早まった程度かもしれない.それでも記事にしてしまったのは,ただその変化が嬉しい方向へ向かっているからに他ならない.幸運であるとは,つまりそういう事なのだ.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

エネルギーの観点から世界はどこへ向かうのかを考える

  • 2010/02/13(土) 23:52:38

本日2日13日は久しぶりに英語のでのレクチャーを受けた日となった.場所は母校iBS外語学院.日頃使っているのはあくまで英会話であって,講義では無いところはしっかりと分けて考えて行きたい.
ともあれ,そのレクチャーの内容とは太陽光発電に関するもので,スピーカーはIEA Photovoltaic Power Systems Programme(PVPS)イスラエル代表であるYona Siderer氏であった.講義の内容は時間の制限もあって,それほど深い技術的な内容までは踏み込まなかったが,一般にはやや難しいと思える程度のものまではカバーし,かつ科学者として何らかの社会的機能,そして目的を有する機関に見を置くことの意味というものは,十分に聴衆に伝わったのでは無いかと思う.
個人的には今のソーラーセルの層構造や,集光型での熱問題の解決法,またエネルギーの貯蔵について触れたかったが,それよりも現在我々がどのような立場にあり,世界がどういう形をしているのか,太陽光発電の視点から見た世界地図とでも呼べるような内容のレクチャーであった.
なるほど.地理でよくやるやつである.ナントカカントカマップとか言ったが,ナントカカントカマップとしか思い出せない.ここれでそのレクチャーの内容をまるまる書く気はこれっぽちも無い.ただ書くことがあるとすれば,あまりにも多く存在する課題への質問と,そしてそれに対する回答の可能不可能が見せるこの先の現実予想図である.
そもそもイスラエルという国がIEAでしかも再利用可能エネルギーに特化した分野で活動する意図は何か.また日本やドイツなどの太陽発電先進国のそれも何であるか,そういう事々が頭の中を過ぎる.
次世代エネルギー,特に太陽光発電はもう既に途方も無く大きなビジネスになっている.その規模から考えると,近いうちに旧世代の化石燃料を用いるエネルギープラントを駆逐して回るのは恐らくこれになるだろう.ただそれがどのような形で行われるようになるのか,民衆は細心の注意で持って観察し,そして自ら選ぶ権利を持ち,選択しなければならない.より良い未来のためには.
僕もただの一般人だ.エネルギー問題や地球温暖なのような地球規模の問題にはアリほどの力も持たない.ただそれでも出来るのは,自分が次に何をするか選択する事だ.その事を忘れてしまうと,それこそ人である意味が消えてしまう.誰がどういう形で次世代エネルギーを開発するかは知れないし,それがどういう形で市場化されてビジネスになるかもまだ不確定だけれども,結局は大衆という最も不確定な要素が決断において最大の影響力を持っているわけで,そういう点からこの先世界はどこへ向かうのかと考えてしまう.
今までも大衆は時に間違いをおかしつつも,それらは辛うじて修正可能な規模のものだった.だから人類は今まで生きながらえてきた.では果たして今度の選択もそうであると誰が言えるだろうか?真実は自分の目で確かめるしか無い.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

バレンタイン逆チョコ大作戦

  • 2010/02/13(土) 22:05:42

一日早いじゃないかって?いやいやそんな細かいこと気にしない!大事なのは気持ちです気持ち.そして行動する事です.
というわけで逆チョコ大作戦してきましたアルバートさんです.何て言うか,ああ青春って感じです.何のこっちゃ.
肝心のチョコレートは自分のアメリカ留学中の思い出でもある食べ慣れたゴディバもいいかと思ったけれども,それよりも彼女の見せる色とりどりの表情を現して,かつ楽しんでくれそうなピエール・マルコリーニからセレクト.それと小さなメッセージカードに心を添えて,さらりと手渡すのが自分流.喜んでくれるといいな,と思いつつ.
ここだけの話なんですが,チョコを渡したときに,ありがとう,と笑顔で言いつつ少し頬を染めてた彼女が心底可愛かったってのは本人の前じゃとても言えないので,やっぱりここだけの話.ああ青春.チョコレートがそんなに嬉しかったんでしょうか.あ,もちろんその後のデートのお誘いは予定通りしっかり断られましたが.ていうか自分の事だけでホントはいっぱいで割とヒィヒィ言ってるのに,こんな事ばっかり言ってる,もといやってるから,あんた頭大丈夫?って言われるんですね.いやいや,その笑顔,プライスレスがモットーですアルバートさん.
他にもラブレターの束を差し上げました.ラブレターといっても僕から彼女へのラブレターでは御座いません.というよりも仮にもし僕がラブレターの束なんて作ったら,それこそ長ったらしい哲学的な暗号文を渡す行為に等しいでしょう.理解される前に僕の寿命が尽きます.無論そんな野暮はできませんので,渡したのは彼女彼女の夢の間を取り持つラブレター.あんまり書きすぎちゃうと面白くないので,中身は彼女のみ知る,でお許しを.モノ自体は大したモノじゃないんですけれど,そこにある意味の意味,それを考えるとそういう贈り物のできることが僕自身とても嬉しいんです.あとはそれで貰い手が喜んでくれれば最高なのはもちろんですけれど.
さてさて,忙しかったであろう帰り際にも律儀にわざわざ,ありがとうございます,とひとこと言ってくれたけれども,むしろそいつぁ僕のセリフである.そのうちブログに詳しく書こうと思っているのだけれども,ここ数年のあいだ間ずっと感じていた,穴の開いたような空虚な眼の原因を教え,その穴を埋めてくれたのは他ならぬ彼女なのだから.
気が付いてみれば,その眼というのは,いわゆる心の眼というやつなんですけれども.そう,事も有ろうに僕は己の心の眼を使って人の心を見る方法を忘れてしまっていたのである.小さかった頃にはアレほど人の心が見えて嫌な気を覚える程だったのに.でも今再び得る事のできた,自分の心の眼で見えた彼女の心のなんと美しく,そして人間的である事か.そして僕はまたそこから多くを学ぶのである.
というわけで当ブログ,の迷走はまだまだ当分の間続きそうです.あんたよく折れないね,ってこの前友人に突っ込まれました.そりゃまぁ,節度さえわきまえていれば,愛でそうそう簡単に折れるなんて最初っから惚れない方がマシですから.僕という男にとって一人の女性に惚れるってのはそういう事です.
どうせ暫く障害で自由に動けぬのなら,せめて最も人間らしく生きる道だけは貫こうと逆に腹がくくれてしまうのが,人間の不思議なところです.こう書くととても明るく感じますが,それで心身の日ごろの,否一瞬一瞬絶え間なく襲い来る苦痛や苦難が消えるわけではありません.最終的にはこれを完全に克服して全力疾走出来るようになるのがもちろん目標です.それは一時も忘れません.ただ何か,こういう状態だからこそ見えるもの,掴めるものもあるのかなと,あのとても律儀で優しさに溢れ,そして果てしなく人間的な彼女を見ながら思うのです.
生きろ!アルバート!!



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

良い一日

  • 2010/02/10(水) 01:34:55

一日の終りの気分の持ち様はその日を評価するのに十分に大きな要素である.
はたして今の僕の気分の持ち様は,うれしい気持ちでいっぱいだ.
今日もいろいろとあった.明日からもいろいろとあるだろう.
こういう気分の時には,野暮なことは考えずにさっさと寝るに限る.
そうすれば明日は素晴らしい朝を迎えることが出来るであろう.
こういう気持ちを活力として生きる.誠に,が出そうなほどに有難いことである.



RankingBanner ランキング参加中です。このブログを世に広めてもよいと感じた方、是非クリックをお願い致します。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。