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揺れる

  • 2008/07/30(水) 15:56:33

本日の授業中の事,ふと予感がした.揺れる.
程なくしてプレハブのクラスルームが揺れ始める.体感だと日本で言う震度3ぐらいだろうか.因みに日本で一般的に用いられているこの震度と呼ばれている単位は,正確には気象庁震度階級というものであり,アメリカでは全く通用しない.
こちらではメルカリ震度階級というものを使う.が,しかしこちらでこの単位がまともに通用するのも期待してはいけないのである.言うまでもなく,日本でもあれほど地震が多くなければ,震度やマグニチュードの概念なんて掴みにくいものであるはずで,日本のそれと比較して圧倒的に地震に遭遇する回数の少ないこの地で,そういう感覚を期待するのがそもそも間違いなのである.地震慣れ,というのも日本人の文化かなと思いつつ,久しぶりの地震日本を感じたのでした.
マグニチュード5.4といえば震源地はそれなりに揺れたハズであるけれども,それ程大きな被害にはならなかったようなのが何よりだ.僕の居た場所は震源地から数十キロ離れていたから前述の通り,僕の体感では震度3程度で大した事は無かったけれども,それでもクラス中が一時騒然となったのは言うまでもない.でもその割には数度あった余震の微弱震動には皆気がつかないのだから面白いものである.



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最近政治の話ばかりですが

  • 2008/07/28(月) 16:15:39

一月程前にYahoo! JAPAN様へカテゴリ登録申請をしたのをすっかり忘れた頃に登録の連絡がありまして,いきなりアクセス数が数十倍になって驚きのAlbertです.5000hitのお祝いにテンプレートを自作しようかと思っていたのに,あっという間に7000を超えてしまって嬉しい誤算でした.
さておき,今現在Political Scienceを取っている事もあり,最近政治の話ばかりが続いていますが,皆様,私の専攻は他ならぬ物理であります.しかし悲しいかな,物理の話ばかりしていると,何故かブログでも実生活でもだんだんと反応が減ってきて,孤立していく感じを覚えます(笑) そこを面白おかしく話せるようになるのもまた目標の一つではあるのですが,まだまだ物理の知識もユーモアのセンスも足りなくて,なかなか難しいものです.
こちらでも僕が物理というと,数式や難しい概念や専門用語だらけのイメージがあると,しばしば言われるのですが,確かに間違いでは無いものの,物理を志す者にも完成度の高い文章を書く能力やプレゼンの技術,グループワークにおけるコミュニケーションスキルなど,実に他の沢山の能力を要求されるのが現実です.僕がこの夏セメスターの間に,スピーチと心理学,そしてPolitical Scienceを取っているのも,そういった方面での経験を積み技術を磨く為です.
物理専攻にはスピーチなんて卒業の為に取らなければならないから取ってるだけ,と言うのは簡単ですが,それがお気に入りの物理の世界をもっと広げるのに役立つと思えば,むしろとても面白いクラスになるわけでして.心理学も同じくで,物理と直接の関係はありませんが,物理的なモノの考え方で心理学のクラスに参加してみたらどうなるんだ,とか困った事を考えてしまうものです.いや本当に困ったのは僕がそれを面白いと感じるところなのでしょうが.
政治に関しては言わずもがな,物質世界の限られたパイをいかにして分けるかと表現されるような分野ですので,物理に関する知識があるのは利点でしかなく,クラス内でディベートでもしようものなら文字通り強力な武器にすらなります.また,政治について何かを語る時には,何らかの地盤となるものを持たないと,しばしば議論が宙に浮きます.地盤とは個人主義であったり,個人の経験であったり,資本主義であったり,宗教による倫理観であったりと様々ですが,今の世において物理というのは科学的であることから妥当性と客観性をある程度認められた立場であり,割と話を進めやすいという利点があります.これに自分の日本的倫理観や客観性を合わせたものが今の僕のクラス内での立場でしょうか.
最初の頃は自らの知識の無さを知るが故に周りの出方を見つつ,慎重に意見を述べていましたが,日本留学生がクラス内に僕一人であり,かつ物理学的観点から政治を語るのも今のところ自分の専売特許のようなので,そういう視点からクラスに貢献するのもありかなと思い始めまして.確かにアメリカ政治における知識や一般常識の量では圧倒的にこちらの住民に劣りますが,留学生というこの独自の立場は全く異なる観点を提供出来る可能性を秘めており,特に海外の事情にあまり関心の無いアメリカでは,振る舞い方を間違わなければ楽しいものです.
夏も残すところあと2週間,内授業日数はわずか6日.まだまだこれからです.



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草の根

  • 2008/07/24(木) 15:54:57

本日はPolitical Scienceのクラスにて,ちょっとしたグループワークがあった.4-5人ほどの規模のグループに分かれ,クラスで使用している各テキストの概要を発表し,そのまま30分ほどその発表を基にしたディベートのホストを行う,というものである.
僕のグループに割り当てられた範囲は,大統領制,裁判システム,そして草の根選挙活動.これを更に細かくそれぞれのメンバーへと割り振った結果,僕が取り扱うのは草の根選挙活動になった.
草の根選挙活動はそのまま,Grassroots Campaignと言う.そもそもこの運動は19世紀のアメリカで始まり,Grassroots Democracyという言葉を用い始めたのも,アメリカ選挙運動の中でのことだといわれている.がしかし,その割にはそれが何たるかをアメリカ人に聞いてもろくな答えが返ってこないところがまたアメリカである.
草の根とはボトムアップアプローチであると,シンプルな答えに遭遇することは滅多にない.だいたいは,草の根が張っている様子をビジュアルにイメージしたような返答が多い.根が張っていて絡みあっているとか,本質は見えていないものの,当たらずとも遠からずと言ったところだろうか.
そんなわけでそのアメリカの学生に,草の根運動のメリットとデメリットを,何か思いつかないかと質問を投げかけてみた.メリットとして挙げられたのは,やはりその方が民衆の意思を反映しやすい政治体制になるだろうと.ごもっともである.大企業から大金を受け取っている政治家が,その会社に有利な法案に賛成するのは公然の秘密である.もしそうしなければ一気に大金も莫大なサポートも失い,再選の機会を自ら捨て去るようなものだ.
しかしこれが民衆の行為によって選ばれた候補者であれば違う.再選のために必要なことは,自分をサポートしてくれた人々の期待に応えることだという意味では同じだけれども,その結果利益を得る対象はまったく異なるわけだ.
政治家が自らを後押しする存在のために働くのはある種の原理であるにもかかわらず,しばしば批判の対象になる.そして延々と変わることはない.しかしそれをあえて変えようとせずとも,後押しする力が変われば,この一見扱いがたい原理も実は大した問題ではなくなる.むしろ必要な原理となる.
しかし現実は程遠い.草の根運動を行う候補者が勝つことは稀である.というのも企業や政治団体をバックグラウンドに持つ候補者たちに対して,得られる資金に数倍から数十倍の差をつけられているからだ.民衆は政治家の言う難しい話にはまったく興味はないし,政治的な資質なんてそもそも見ていない.見るのはテレビを含む広告である.
変な話だ.広告を見て,投票する先を決める.誰もが自分に有利な広告を,莫大な金を元に作るわけだから,それを見ても実は政治に関してはまったくもって判断材料にはならないと思うのだけれど,それでも民衆はその広告主に有利な行動をとるのである.実に面白い関係だ.
アメリカで唯一,公費でこういった莫大な資本を武器にした候補者ときちんと選挙,つまり渡り合える出来る場所がある.メイン州だ.彼の地では,それなりのルールに則っていれば,企業献金に頼った候補者と同等の選挙活動が行えるだけの資金を,州政府が提供するシステムがあるらしい.システムの詳細はまだよく知らないのだけれども,一般市民の視点からみて,このシステムの実行前と後には面白い変化があった.
ひとつは,投票率が上がったということ.もうひとつは企業献金に頼った候補者よりも,こういった税金に頼った候補者のほうが当選率が高いということだ.これは税金投入による,各候補者の資本的格差の解消の結果である.投票率が上がれば上がるほど,それだけ高い確率で民意を反映していることになる.
税金というやつは当然,大多数の民衆が払っている.つまり選ぶ側である.企業も法律上は選ぶ側の立場だけれども,規模や質の点で比較の対象にはならないだろう.さておき,その税金を使って選ばれる側が選挙活動をする.こういった選挙で当選したいと思う人々の間には,いったいどういう作用が働くだろうか.僕はこのシステムは資本主義の社会にあって,民主主義が行き着けるところのひとつであると考える.実装面での工夫は必要だろうけれども,資本主義社会の影響を受けすぎず,かつ無視せず,程よいバランスで政治の方向性をシステム面からメンテナンスできる方法のひとつだと思うからだ.
草の根運動のデメリットとして挙げられたのは,企業が実権を持つ資本主義社会の中では,選挙活動として弱い部類に入るという意見が多数であった.しかし,それは同時に民意を高く反映する方法である事の裏返しでもあるとする主張が大半であった.つまりは,大衆の民意を反映することの重要性は認識していても,現実にそぐわない為に実用的なソリューション足りえないという事になる.
しかしメイン州のように既存のシステムを変更するだけでそれが主たる選挙活動になる資質を持っていると僕は思う.僕がこう述べる理由は簡単だ.何といっても僕がその当事者だからである.
草の根運動では候補者が勝つのではない.後押ししている民衆が勝つのである.一度でも投票所に足を運んだことのある皆さん,自分が投票した候補者が通った時に,候補者が勝利したのではなく,自分が真に結果を招いたのだと,勝利は自らの手の内にあると,一度でもそう感じたことはありますか?無論,勝ち負けの問題ではありませんが,選挙の形態ひとつとっても,自分の行動に対する評価,つまり満足度にそれなりの差が表れるのではないでしょうか.



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投票率9.02%

  • 2008/07/21(月) 11:07:34

日本と比較してアメリカという国は,総じて政治的に活発であり,国民もまた政治に関して活動的である.などというのは,とんだ幻想だ.こちらにすんでいる日本人に聞いてもアメリカ政治的に活発だと返ってくることを考えると,日本というのは本当にアメリカによく情報操作させられているものだと思う.ハリウッド映画などに見られるように,アメリカは,特に大衆文化において対外的に自分の体面をうまく見せることについてはとても上手い国である.
さておき,実際を見てみると僕が今インターンをしている地域の,前回のアメリカ下院議員選挙における投票率は9.02%である.26万5000人居る有権者のうち,わずか2万3706人しか投票していない.更に,アメリカではこのようないわゆる小選挙区では,トップ当選の一人しか議席を得られないのだけれども,そのトップの得票数はわずか1万5559票であり,有権者の総数から見ると,何かの悪い冗談にすら思える数字だ.ここが特別低いわけではない.大統領選で5割,他の選挙では3割行けば大成功だと言われるレベルである.
更に述べるならば,アメリカでは日本と違いたとえ一定以上の年齢に達していたとしても,有権者になるためには登録という法律上の手続きが必要で,上に挙げた有権者数はその登録作業を済ませた住民の数である.この登録手続きというのがくせもので,このひと手間を面倒くさがる大多数のアメリカ人は市民でありながら有権者として数えられることすらないのだ.したがって,法律上は票を投じる権利を保障されていても,それを行使しない国民の数は実に膨大である.事実,このエリアの人口は64万人近くあり,それと比較して有権者として登録している住民数がいかに少ないかは火を見るより明らかである.
こういった数字を見る限りでは,アメリカの民主主義は既にその本来果たすべき役目を果たしていない.特に低所得層の選挙離れが著しく,いまや選挙なんて金持ちによる金持ちのためのものでしかない.一方でそんな状況で選出されたRepresentative,つまりは文字通りそのエリアの代表者は月々$1300も公費を費やしてカスタム仕様のリンカーン・タウンカーを公私に乗り回しているというのだからアメリカお得意の皮肉を通り越してあきれてしまう.
これも日本からすればアメリカという外国の話であるけれども,こういう状況において,日本に対するスーパー301条を振りかざしての経済的な要求や,沖縄の米軍基地問題,イラクへの派兵要求が日々決められているのである.更には,日本もまた日々こういったアメリカ式の民主主義へと傾倒していることを考えると,他人事ではないなと思わざるを得ない.
考えることはそんなに難しいことではない.単に,誰のための政治か,それだけである.



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自分は特別

  • 2008/07/17(木) 16:12:08

"みんな,自分特別だと思っている.それは悲しい事だ."
スピーチのクラス最終日にInstructorの口から出た言葉.少し前のエントリーに書いたけれども,その日には最後のお題としてEulogyが与えられていて,驚いた事にクラスメイトの殆どが実体験に基づいたスピーチを行った.また,その直前には自己表現のプレゼンテーションとエッセイの提出を行っており,上はそれを受けての言葉.曰く,エッセイを読む限りでは,皆それぞれにいろいろと抱えているけれども,悲しい事に,みな自分だけが特別だと思っている,とのこと.
スピーチというのは単なる技法ではない.コミュニケーションの術である.したがってこのスピーチのクラスでも,コミュニケーションとは何か,を学ぶ機会がたくさんあった.その締めくくりの場に置ける言葉として,これ程重いものは無い.
なるほど,人は誰もが何かを抱えている.Eulogyも実に様々だった.イラクに派兵され,そこで殺された若い,若すぎる戦に対する言葉.ハロウィンの日に家々をまわっている最中,自らの目前で飲酒運転の犠牲となってひき殺された,まだ高校生だった親に対する言葉.沖縄に派兵中,葬式に出る間も与えられずに,全てが済んでからただ電話でんだと受け取った尊敬する叔父への言葉.
僕には僕の特別がある.18の時に自分の父親を看取った.文字通り,人生で最初に見た人間の自分の父親のものであった.だんだんと不規則に,そして弱くなっていく自分の父親の呼吸や脈を見ながら,最後の脈をはかったのは他ならぬ僕である.その時の自らの状態を言い表す事は出来ないけれども,今でも脈をはかっていた手に感触が残っている.
この後にも続く一連の出来事を通して,生物学的なも,儀式の上でのも,法律上のも,実に様々な定義のを見た.更には,父の死から一年と経たないうちに父方の祖父も後を追うように他界した.この時もまた僕はその場に居合わせた.人生で初めてEulogyというものを行ったのは,この祖父の葬儀の場での事である.
僕がこれらの体験から何を得たのかは,僕だけの特別だ.それが自らの平凡な行動を,自らにとって意義のある特別なものたらしめる.
話を戻すけれども,上に挙げたようなスピーチを行ったクラスメイトには,それ以前から感じる人間的な魅力があった.そして,スピーチを終えてみると,その魅力がスピーチの内容と関連している事に気がついた.イラクで戦を失った彼は,一見おちゃらけたアメリカンだけれども,実は結構な博識で責任感も持ち合わせており,こと人命に関してはとても誠実な態度と正確な知識があり,事実救急隊員として救急車に乗って働いている.親を飲酒運転の犠牲により目の前で失った彼女は,実に素敵な笑顔を見せる.スピーチをする時も,いつも笑顔でいる.まるで二人分笑っているかのような.沖縄で何をする暇も与えられずに喪報を受けとった彼は,実にアメリカ人らしからぬ責任感と度胸の良さを持ち合わせている.何より眼が違うのである.
確かに,自分体験,経験,記憶とそしてそこから導きだされるものは,自分だけの特別だ.それが個体差,つまりユニークな存在を作り出している.でなければ人間は皆下手にプログラムされたロボットのように同じ事しか出来なく,そして感じなくなってしまう.けれども,それを自分は特別という言葉と履き違えてはいけない.自分は特別だと思うことで,他の存在を特別だと思わなくなったら,それは単なる自分勝手の始まりである.



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本日バスロマン

  • 2008/07/14(月) 14:16:27

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Collegeでの授業は月曜から木曜までの間にしか無いのだけれども,週末は週末で様々な場所で飛び回っているために,結局は月月火水木金金スケジュールなのは日本人の性なのでしょうか.本日も朝から出払っていて,夕方からは留学生向けのパーティーに参加してきたところで,帰り着いたの夜の九時過ぎ.
このところPolitical Scienceの話ばかりですが,実はもう一つ,クラスを取っています.ズバリPhysical Education.平たく言うと,運動.月曜から木曜まで毎日,一時間ほどジムワークをしています.先週が最初の週だったのですが,体を動かすのは好きなもののジムワークなんぞしたこともないので,どうも調子が悪い.
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健康のために運動をして調子が出ないんじゃ意味が無いぞと思いつつ,ここは一つ久しぶりに湯船につかろうと思い立ちまして.思い立ったところがたまたま日系のスーパー内だったので,そのままバスロマン(入浴剤)を購入し,早速使用.丁度ビーチパーティーでベトベトになったところだったので,大変良いリフレッシュにもなりました.
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今から同じくベトベトのカメラの手入れをして,明日のテストに向けて勉強です.なんだかんだ言いつつ,例え人からNuts(この用法の場合,気が狂った,気が変な,正気じゃない,という意味の俗語.仲間内で使う程度の意味合い.時と場合によっては更に汚いいわゆる卑語扱いにもなるので,用いる場合は注意されたし.)だと言われるようなスケジュールでも,慣れるとこういった30分程度の時間がかえって優雅に感じられるもので.
やっぱりそれでも勉強は寝るのを惜しんでカフェインをお供に泣きながらやるわけですが.今までの経験で,少しは政治慣れしているといいなぁ.

久しぶりの写真は,本日のビーチパーティーから.夕暮れ時はこういう写真が簡単に撮れて,顔を出そうか出すまいかとブログ用に下手にトリッキーな構図を考えなくとも良いので助かります.ただし,Pentax K10DとSigmaの28-300 mmの組み合わせだと,夕暮れ時にはAFがかなり迷うので,こういう構図だとまず100%MF頼りになってしまい,ちょっとカメラを振り回すと慣性で動いてしまうズームと相まって,やや撮影が疲れるのが難点ですが.



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アメリカ大統領選の真実 - オバマの何が違うのか

  • 2008/07/13(日) 14:47:57

インターンをするにあたって,あまりにも貧弱で使い物にならない自分の政治知識を改善するために,片っ端から政治関係のテキストやニュース,Web siteを見て回っている.よくよく考えると,日本に民主主義を迫ったのはアメリカであるわけで,その政治の歴史を見てみると,日本がどこの何を参考にして今のシステムを作ってきたのかが見えて来るのも面白い.同時にヨーロッパなどの他の国々との比較も行えるし,一粒で二度,もとい三度美味しいとはこの事である.
さておき,日本のメディアを見てみても,アメリカ大統領選挙に対する興味はあるようで,特にバラク・オバマヒラリー・クリントンの勝負の行く末には随分とご熱心だった気がする.しかしながら,オバマの人種やヒラリーの経歴について言及したものは数あれど,二人の最も大きな違いについて触れたものはあまり無かったように思う.オバマが今までの大統領候補と全く違う点は人種だけではない.
彼のなし得た最も偉大な功績は,大統領選挙に必要な莫大な資金繰りを,企業や政治団体からの献金に頼らず成し遂げた事にある.
アメリカの選挙と切っても切りはなせないものに,PACという単語がある.Political Action Committeeの略で,大統領選挙に限らず,ありとあらゆる政治活動において,自らの政治的目標を達成するために莫大な金を,献金という形で利用する団体である.
もう一つ切り離せないものに,Corporate Lobbyistsの存在がある.日本で言うロビー活動を行う人たちの事だ.アメリカでは,人数も,影響力も,経済力も含めて,その影響が半端無く強い.これに更に世界規模で展開する石油関連企業や,GEのような超巨大コングロマリットまで関わってくるのだから,一般市民などもはや介入する隙がない.冗談ではなく,アメリカのあまりにも低い投票率の要因をアメリカ人に訪ねると,たいがい上のような答えが返って来る.政治に関わっても無駄だと言うわけだ.
更に言うと,悲惨な事に一般庶民はあまりこういう事実を知らない.関心が無いという事が輪をかけて状況を悪くしている.日本もさして変わらないような状況まで来ているけれども,アメリカのそれは絶望的に酷い.私的見解であるけれども,こんな国で選出された下院議員が,イラク戦争や,その他の国際的な問題に対して甚大な影響力の行く末を任されているのかと思うと,アメリカと特に親密な関係にある日本の国民としては,やや不安なところである.
何も大げさな事を言っているわけではない.http://www.opensecrets.org/に行ってみると,公になっている分だけの各候補者の経済状況が見られる.上に挙げた存在の影響力の強さが見て取れる.
特に大統領選挙に限ったところでは,Politicians & Electionsメニューの下にPresidentialというのがあるので,そこから今回の候補者レースにおける資金周りが一覧出来る.まず日本のメディアにはこんな詳細な情報は載らないと思うので,是非ともチェックして頂きたい.我々の国への様々な要求は,いったいどこの誰のサポートによって実現されているのかが少しばかり見えて来ると思う.
さて,話をオバマに戻すけれども,彼はこういった資金源に頼らずに,大統領選挙を行ってきた.歴史上類を見ない行為である.民主主義の国だなんて言われているけれども,アメリカは民衆主義の国ではない.民主主義とは企業主義も含めて民主主義であるために,今までは,例えばヒラリーまでの候補者はずっと企業献金や特定の思惑を持った政治団体からの資金に大きく依存していた.
もし,今度の大統領選挙でオバマが通れば,これはアメリカ大統領史に残るだろう.初の民衆によって支えられた大統領として.
蛇足になるけれども,オバマのキャンペーンサイトhttp://www.barackobama.com/の出来がとても素晴らしい.今回の大統領選において,一歩抜きん出ていると思う.内容からデザイン,使い勝手までとても高い次元でまとまっている.日本では選挙でのインターネット利用にはとても厳しい制限がつくとは言え,現状を見る限りでは改善の余地は腐る程あるわけで,日本の政治家にも少しは見習ってもらいたいものである.



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倫理と分別,国民感情をわきまえて

  • 2008/07/11(金) 13:16:51

インターン二日目,何となく事情も掴めてきたし,政治に関わる英語にも慣れてきた.そこで一つ大事な話をしておいた.留学生という自分の立場で,いったいどの程度の仕事までなら倫理上問題とならないか,である.簡単な例え話をすると,仮に日本アメリカ留学生が政治に関わるとしたら,どの程度民感情や日本倫理に影響するか,を判断するわけだ.
法律的には,献金など直接お金になるような事は出来ない事になっているし,当然,僕もそんな事をするつもりはない.それ以外は,アメリカ憲法留学生に対しても政治活動の権利を保障するという解釈のようだ.
ただ倫理的にはどれほど慎重になっても,こういう事に慎重になりすぎる事はない.様々な考えうる問題や,倫理的解釈について話をした結果,あくまで補佐的な立場に収まる事になりそうだ.補佐と言っても多々あるけれども,コンピュータ関係の操作や問題の解決,あるいはやりたい事に対して実際に適用可能な技術の提案といったところだ.当然,Webについても,得意分野ではあるけれども,こういった方針で挑む.幸いにして明日から他にもインターンの学生が来るらしく,似たような立場の人間が増えると言う事で,自分の立ち位置をより細かく動かせるようになる.かっこいい言い方をすると,テクニカルアドバイザーみたいな感じだろうか.
誰にも何かしらの得意分野があるように,僕には僕のアドバンテージや得意分野がある.自分で言うのも何だけれども,現状を見る限り,それをインターンの間に真面目に発揮してしまうと,少しばかりやり過ぎてしまう.だが言うまでもなく,自分の立場を考えると,ここは非常に慎重になるべきである.お人好しのつもりでした行動が常に世に歓迎されるというわけではないのだ.真に倫理判断に正確に沿って動かなければならない時もある.
そんなこんなで僕の倫理判断とその基準を延々と主張していたら,僕の倫理的素養の高さを評価するお言葉をもらった.実はつい2週間程前にも,心理学のInstructorから同じような言葉をもらっている.倫理と言えば文化にとても依存するモノである.恐らく,誰の目から見ても,僕の倫理観は日本の伝統的なスタイルが元になっていると思う.なんせBushido by Inazo Nitobeを持ち歩くような男である.僕自身では,これに西洋的分析哲学の思考が多分に入っていると解釈しているけれどもどうなんだろう.
異なる文化を賞賛する事はままあるけれども,異なるの倫理観を賞賛する事はとても難しいものであり,また逆も然りである.それをこのような多人種多文化のカリフォルニアで認めてもらえる機会が,それも教職に付く程の教養を持ち合わせている人々に指摘されるのは,日本人として誇らしい限りだ.
また,インターンのお陰でかなり長い時間政治的な表現の英語と接している影響か,日本の政治の現状や,歴史,文化の成り立ちや果てはシルクロードから日本が輸入してきた数々の神様に至る話まで,いろいろと下手な英語ながら話が出来るようになってきた.これもまた祖を説明出来るようになってきたかと思うと,感慨深いものがある.



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アメリカ下院議員候補者の下でインターン

  • 2008/07/10(木) 13:32:15

1ヶ月という非常に短い期間が設けられている以上,一瞬たりとも無駄にするわけにはいかないので,早速インターン先を決めて,そのまま本日授業が終わってから行ってまいりました.
お察しの通り,こうも早く行き先が決まったのにはちゃんと事情があります.というのも,僕のインターン先はInstructorの選挙事務所でして.僕はこのクラスを取るまでは知らなかったのですが.このInstructorというのが,なかなか地元では名の通った人らしく,Collegeで教鞭を取る傍ら,テレビやラジオなどでコメンテーターをしていたり,はたまたアメリカ下院議員選挙への立候補もしていたりするわけです.たまたまキャンパスのカフェテリアで一緒になったところで,実はウェブサイトにブログを作りたいと思っているのだけれど,という話を聞いてしまって,思わず口が出たのが始まりというわけで.
インターン先がInstructorの管轄下にあるというのは,ともすれば倫理的な問題を生ずる可能性がある為に,いろいろと考えましたが,インターンに関して僕が得る利益,即ちエキストラクレジットは1時間あたり5ポイントと働いた時間に依存するのと,彼の政治的な立場に同調するところもあったため,あえてこの選択をしました.アメリカで,このカリフォルニアで企業献やLobbyistsに頼らない選挙活動を行っている人を捜すのはかなり困難なことでしょうし.
彼の活動地域であるカリフォルニアの第37選挙区は今とても揺れています.ここからつい先日選出された議員が,その選挙の前に,またその期間中に違法行為を行った可能性が非常に濃厚になってきたからです.やや不謹慎な表現ですが,政治的に非常にアクティブであると言えます.また同時に,滅多に無いシチュエーションでもあります.このような時期に選挙事務所に出入りする事がどれほどの価値になるのか,計り知れません.政治的にアクティブであり,対立候補でもあった僕のインターン先に対するメディアの注目度も必然的に,かつて無い程高まっています.
現議員にかけられている嫌疑と事の成り行きを見る限り,ここの選挙区民は明らかな政治的不利益を被っています.いわゆる政治権力のしがらみなのですが,それを企業や政治団体の銭的な影響を極力排除して,草の根の運動から指摘していこうという動きに加担するのは,倫理的に見てもそう外れたものでは無いはずです.
言わずもがなですが,こういうスタイルの選挙はとても難しいです.選挙に勝ちたければ,大企業に取り入って,労働組合と仲良くして,お持ちに媚を売りましょう.一番確実で立証されつくした道です.なんだかんだと理想を言っても,やはりの量がモノを言います.ただ今回は投票日の数日前になるまで,問題が表面化しなかったという特殊な事情があり,殆どの有権者がこれらの問題を知らされずに投票し,結果が出てから問題を知ったという経緯があります.この事情が有権者をどのように動かすかがキーなのです.
さておき,僕の個人的なインターンの話ですが,最初の仕事は,と言っても当然全てタダ働きですが,キャンペーンウェブサイトのリニューアルに決まりました.なかなか重要な仕事だと思うんですが,「君の英語は今まで見てきたどの日本人よりも優れている」と言われるように随分と高い評価を貰っているようで,やや恐縮するところであります.
しかし今になってふと,自らの事を考えてみると,中学も高校も行かずに8年間も引き蘢りしてたヤツが,アメリカ下院議員に立候補するような人の事務所でインターンを経験し,ウェブサイトまで作ろうとしています.そんな馬鹿なと思いつつも,これも今まで僕にいろいろな道を説いてくれた方々のお陰かと思うと嬉しく,また誇らしくもある次第です.



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判断と選択

  • 2008/07/09(水) 08:04:49

Political Scienceのクラスで,任意ながらインターン経験を積む事が推奨されている.昨日の記事にも書いたPoliticの原義からすると,意識してその世界を体感する事が何よりの価値と評価されるのは言うまでもない.
一月という非常に短い期間を考慮するとインターンはなかなか厳しいものもあるのではないかと感じるが,もしインターンを10時間以上こなした場合,250店満点に対して50点もの余裕が与えられる.テスト4回の内2回で,あるいはファイナルで満点取るのに等しい.そして何より,クラスの中では到底得られないものを得る機会になる事は間違いない.履歴書にも影響するのは明らかで,言うなれば,任意でありながら,このクラスの中で最も自らの利益になる可能性を含んでいる.
問題は留学生であり,そこまで現地の事情に詳しいわけでもない僕が,いかにして政治的な活動に食いつくか,である.当然サポートするに値すると思える政治活動でなければ,そもそも活動をする意味が無い.更に,留学生である僕が何をしたところで,かなりの可能性で自らには何の政治的影響も及ばないのは明らか.また当然の事ながら選挙権も市民権も無い.したがって通常の判断基準で活動の方向性を選ぶ事は出来ない.何か他の判断基準が必要になる.
その判断基準は,僕の倫理観や哲学,思想というものに集約されるだろう.留学生の生活は,政治的には,市民権を持つ住民のそれとは全く違う.そういう条件の中で,適切な判断,選択をする事が出来るのか.
単純に面白そうであるし,経験という意味では明らかに自らの利益になるし,Transferの事を考えると恐らく自らの社会に対する関心度,または活動的な態度を示すのに最も良い手段になる可能性もある.今では忌み嫌われているけれども,本来政治活動は社会貢献の一環である.それが余程偏ったもので無い限り,社会にどのような形で影響,または貢献してきたかは常に評価される.政治に対する関心度もまた,人を測る一つの基準である事も否定は出来ない.
しかしながら,今真に用いるべきはこれらの利己的な判断基準ではない.問われているのは国際人としての常識.人間としての常識なのだ.



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