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JPL - ジェット推進研究所を訪ねて

  • 2008/05/26(月) 18:27:01

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080526-00000009-yom-sciより.昨年打ち上げられた火星探査機Phenixが無事に火星極付近への軟着陸に成功したとの事.今回は地表近くに氷が存在すると目されている高緯度域での掘削作業に代表されるように,火星における水の発見がその主な任務だ.火星生命存在の可能性を探る上でも,非常に重要なミッションである.詳しくはhttp://www.jpl.nasa.gov/index.cfmに.NASAのサイトですので英語ですが,トリタテホヤホヤの写真もあるので英語がわからなくても楽しめます.
さてそのPhenixであるけれども,そのオペレーションは主にNASAのJet Propulsion Laboratory (JPL,和名:ジェット推進研究所)によって行われている.JPLは主にNASAにおける無人探査機の開発運用を担当する機関で,カリフォルニア工科大学(CalTech)の研究機関でもある.そして何と幸運な事に,この超一流の研究機関は,今僕の住んでいるところから車でわずか1時間ほどのPasadenaというところにある.というわけで今回は3週間程前にそのJPLへ行ってきた時の模様をお送り致します.
思えば僕の実家がある鹿児島も内之浦と種子島に発射場を持ち,小学生の頃には世界最大級の固体燃料ロケットM-VやH-IIロケットの発射の様子を見てワクワクしたものです.そんな僕ですから,JPLに入れる機会があると聞けば,たとえそれがファイナル期間中であっても行かない訳にはいきません.
JPLではたまにOpen Houseという名で,言わば施設の一般公開を行っており,今回はその一般公開日に合わせてEngineering and Physics Club (EPC)で行く事となりました.が,前日になってドタバタ,当日になって更にドタバタするのはアメリカの性なのか,計画倒れに近い状態でろくに集合も出来ず結局単身で向かい,メンバー数名と現地で落ち合うハメに.終始ドタバタの一日であったので,とりあえず時系列に沿って述べていく事にします.
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まずは駐車場に着いていきなりのサプライズ.十数台ものクラシックカーの団体様が.さすがはJPL.駐車場の車からして違う!などとアホな事を思いながら写真を撮る.思わず一眼をかかえて内装とか台車とかを見てまわる.どこからどう見ても不審者である.凄い!凄いぞJPL!!ごめんなさい.次いきます.
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入り口にてお決まりの持ち物検査が嫌いなので,いかにも何も持ってませんという軽装で向かい,そのまま素通りして簡単なパンフレットを貰う.中に入るとビックリ.さすがは天下のJPL.ほぼ全ての時間制アトラクションに長蛇の列が.待ち時間1時間以上とは,これまた近所にある毎晩21時半に上がる花火が時報として使えるネズミが王様の,夢のためにちょっと良い服が買えるぐらいのお金を払った上に炎天下の元,先の見えない行列を作り,常識外れの価格でペットボトルの水を買うハメになるテーマパークを思い起こしてしまう.しかし明らかに違うところは,列に並んでいる人々の大半は家族連れで,しかもいくらかの親子連れは宇宙や星の話を笑顔で楽しんでいるのが何とも微笑ましかった.列に並ぶ間に夢を見るのも悪くないなと思いつつ,やはり長蛇の列にはあまり並びたくないのが心情.また時間の関係で全てのアトラクションをまわる事は不可能と判断し,場所を絞る事に.
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最初に向かったのは言わずもがなSpace Flight Operations Facility.そう,無人探査機のオペレーションルームである!小さい頃からテレビや映画,科学雑誌の写真でしか見た事の無い場所.実に1時間以上も建物の外と内でも並び,辿り着いた先はオペレーションルームを一望出来る特等席.この時は丁度3週間後に行われるPhenixの着陸へ向けて着々と準備を進めているところだと,簡単な説明と案内をしてくれた研究員の人が言っていた.上の写真で,"LANDING ON MARS"というものがあるけれど,これが今回着陸に成功したPhenixのカウントダウンである.この時は21日と4時間13分36秒前を指していた.個人的な感想としては「スゲェ」の一言を思わず日本語で口走るほどワクワクした.写真が少ないのはつまりそういうわけで.面目ない.
余談だけどこの時,お決まりのようにその研究員の人が最後に質問を募ったときの事,韓国人の女学生らしき子が「宇宙の答えって42じゃないの?」との質問をしていたが,研究員がやや困った顔で考えた後に"Maybe"と言ったところを見ると通じなかったようだ.答えが知りたい方は,何でも答えてくれるGoogle先生に,日本語では「人生、宇宙、すべての答え」英語では"answer to life the universe and everything"と聞いてみると宇宙の真実がわかる.さすがはGoogle先生である.こんな哲学的で複雑な計算を目にも留まらぬ速さで返してくれる.もはや哲学者も宗教家も科学者も要らないんじゃないかとも思えるが,誰かがGoogle先生を作らないといけないのでやっぱり必要である.ちなみに元ネタはDouglas Adams作のSF小説である.こんな質問が飛んでくるとは研究者も大変だ.
さてその時に僕が聞いた質問のうちに,面白い回答が得られたものがあった.その前の予備知識として,今現在人類が打ち上げた衛星で最も遠いところを飛んでいるのは,否,事実上人類から最も遠いところにある人工物は1977年に打ち上げられたボイジャー1号であり,その距離なんと太陽から155億kmである.参考までに光の速度は秒速約30万kmであり,その桁違いの距離がよくわかる.155億kmというと約100 Astronomical unit (AU)に等しい.1AUは地球と太陽の間の距離であるので,つまりはその100倍遠いところを,更には秒速17kmで太陽から遠ざかりながら飛んでいる.数字を見ただけで笑えるスケールだ.更に凄いのがこれがまだ動いていて,地球と通信しているという事だ.
JPLはカリフォルニア,オーストラリア,スペインに存在する通信施設を用いて24時間態勢で衛星の管理を行っている.ボイジャー1号も当然その管轄下にある.では果たしてこの太陽より100倍離れた場所にある衛星と通信するのには,どの程度の電波出力が必要なのだろう.というわけで聞いてみたところ,ボイジャーの通信機の出力はなんとわずか20Wという返答が.簡単に言うと,家庭用電球の数分の一から十数分の一のエネルギーで通信している事になる!スゲー!!あなたが今つけたその電球,155億km先の人工衛星と通信するよりもたくさんのエネルギーを消費している事に.
っと,こういう事について書き始めると眠気も食欲も吹っ飛ばして書き続けてしまってどうもいけない.現在夜の2時半.良い子は寝る時間である.惜しいがここからはちょっと駆け足で.
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この写真はJPL内にある所謂ナノテクノロジーの研究施設だ.クリーンルームからシリコンウエハーの製造機,ナノレベルの加工が可能な機械など,トンでもないシロモノがたくさん置いてあった.そこの研究員のおじさんがやたら話し好きで熱心に語ってくれた事もあり,楽しいセクションだった.面白いネタとしては,クリーンルームの照明が黄色いのは,通常の照明で用いられる光の波長だとエネルギーが強すぎて,そこで扱う微細部品を破壊してしまうからだと言っていた.もっとエネルギーの低い波長を使うのもアリだが,人間が作業する以上,可視光で作業の妨げにならない程度の光を選ぶとこうなったとの事.光の色を見た瞬間に想像はつくが,実際にそこで働いている技術者から説明されると説得力が違う.
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最後は人工衛星の組み立て場.別に何か特別な仕組みがあるわけでもなく,見た目はデカイクリーンルームである.この時組み立てられていたのはAquariusという衛星だった.ぱっと見た限りではOcean salinity (海洋塩分)とあるあたり,海洋物理向けのリモートセンシング衛星だと思われる.海洋表面の塩分濃度をより詳しく分析してマップを作り,今後の気候変化予測に役立てようというところだろうか.
JPLなんて,ジェット推進研究所なんて,足を踏み入れるという事すら考えた事の無い場所だった.オペレーションルームなんてもっての他だ.たとえ留学しても,近くにその存在があると知っていても,Collegeで普通に勉強をしていただけではこの幸運は無かっただろう.日本に居たときは尚更そうだった.ところが,ふとしたきっかけで,僕の場合はEPCのメンバーであった事がきっかけで,簡単に入れてしまった.いつもはアメリカの不味い水と食事に不満タラタラの僕だけれども,この日の帰路は炎天下の中車内に放置されて煮えたぎったスタバのフラペチーノを飲みながらアメリカ留学した事にとても感謝した.



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Sapiens habet divitias in se.

  • 2008/05/24(土) 11:47:13

滅多にやらない事なのですが,セメスター終了後Webで成績が閲覧可能になる前に,わざわざキャンパスまで確認に行ってきました.他の科目はかなりぐちゃぐちゃだったのに,物理だけはめでたくクラストップでありました.どのクラスも同じように苦労をするのだけれども,結果にこうも差が出るのが向き不向きというやつなんでしょうか.
しかしGPAというやつは下げるのは簡単だけど,上げるのは難しいのだなと今更ながらに気がつきました.計算によると,現在の僕のGPAは66 unitsを修めた状態で3.83という値です.一年半という期間と,明らかに実時間とUnit数が噛み合っていない物理,化学共にLab付を同時に取っている事を合わせて考えると悪くない数字でしょう.
また,通常66 unitsと言えば,卒業またはTransferするUnit数です.しかし,僕のMajorであるPhysicsは取らなければならない単位が多い上にメインとなる3クラスがSequentialなセクションになっていて一気にまとめて取る事が出来ないと言う仕組みでありまして,あと2セメスターCollegeに居る事になります.次のセメスターでCollege卒業資格に要求される単位は全て修める計画ですが,肝心の物理のコースを修めるには更にその次のセメスターまで必要なのです.そうすると,Collegeに2年半,在籍する事になります.
正直Collegeに2年半というのはかなり長いです.1年半で出られるところに更に1年居るわけです.実際に60 unitsを1年半で取って卒業またはTransferというケースは僕の知る限りでも何件か存在します.更にUnit数の観点から見ると,現時点で今夏に10 units,次Fallに16 units取る事が確定しているので,現時点の66 units+10+16で次Fall終了の時点で92 unitsを修める計算になります.Cypress Collegeはセメスター制ですから,2年で92 unitsなど速度的にはセメスター制におけるダブルメジャーか,クウォーター制の学校と良い勝負です.
具体的には通常の場合,セメスター制を採用する4年大で卒業するのに必要な単位数は120 unitsです.これを2年半-3年で取りきるペースということになります.であるにも関わらず,どうあがいても4年大の2年次までに相当する単位しか修得出来ないCollegeであと1年も過ごさなければならないのは,嫌が応にもこちらの教育システムと自分の勉強速度とのミスマッチを感じてしまいます.
また,今後の自分の計画を考えると,GPAというのは言うまでもなく高い方が良いのですが,これは取得単位数が多ければ多い程下がる傾向にあるため,可能ならば取得単位数は抑える抑えるべきなのです.1 unit $200という経済的な負担も馬鹿にならないですし.更に気がかりなのが,Transfer時に持ち越せる単位数に制限がかかる場合もあり,最悪Transfer後に同じコース取り直し,なんて場合も考えられます.
いずれにせよ,今までやってきた事がかわいく見える程の事を成し遂げなければ,次は無いだろうという事のようです.本来ならば中学不登校,成績表も真っ白で,おまけに8年間もろくに社会的な実績が無かった僕の経歴を考えると,わずか1年半の準備と2年間の留学で得られるCollegeの卒業資格ですら手放しで喜ばなければならないところでしょう.不登校から,実にたくさんの人の力を借りてここまで来ました.あと半年頑張った後に見える結果はとても価値のあるモノであることは間違いありません.そしてそれは恐らく,自分がその気になりさえすれば,満足するに足るモノです.そうでなければならない.
しかし,それでも足を止める訳にはいかないのです.ラテン語の格言に「賢者は自分自身の中に財産を持つ」というのがあります.果たして自分は財産を持つだけの十分な努力をし,それだけの時間を費やしているのだろうか.まだ明らかに道半ばです.しかしこれから先の道は文字通り未知数のもの.ある意味で僕の生き方は,学問における人間の可能性という極めてあやふやなものを自分自身で検証する行為に等しいとも言えます.
でも本当はそんな大義名分なんかより,自分が今まで生きてきた中で感じた事,学んだ事,背負い込んだ事,投げ出した事,そんな諸々に対して胸を張れるようなモノを求めているだけだったりもするんですが.でもきっとそんな僕の生き方も,それを見る人によって全く違うものに映るのだろうなぁ.
久しぶりの雨を眺めつつ,最初は真面目に今後の学業計画を練っていたはずが,いつの間にか相対性理論と量子論における観測の概念と,それを一般社会で考えた場合の倫理的,哲学的解釈をぽけーっと考えていた,そんな雨降る午後の思索より.



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アメリカで太らないためには

  • 2008/05/23(金) 11:09:53

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よく聞かれる事がある.なんであんたは太らないんだ?と.身長タブン172cmぐらい,体重はさっき量ったら118lbでkg換算で約53.5kg.ウエストは正確に測った事は無いけれども,いつも履いているDIESELのジーンズが27 inchsで単純換算だとウエスト68.5cmに相当する.いつもはそれにさらにベルトをしている.日本で履いていたのが68-70cm程度のものが多かったので,妥当な値だろう.
ここでちょっとアメリカ生活で役立つかもしれない物理まめ知識.物理の世界ではどの単位系を使うかというのはとても大事な事なのだけれど,アメリカでは皆さんご存知の通りヤード・ポンド法が公式に用いられている.ある数値がどの単位で測られたものなのかは,数字の後ろにつく記号で判断がつく.mであればメートル法で測られた長さだとわかるし,kgであればキログラム単位で測られた質量,または重さだとわかり,sであればsecondの略で時間だとわかる.じゃなんでポンド (Pound)はpdとかじゃなくてlbなんだ,と思うのがInternational System of Units (SI)を使う人間が感じるところである.
実はlbは正確には英語ですらない.Libraというラテン語に対応する略表記で,その意は天秤または量りである.一方のPoundもラテン語のPendereから来ており,これは量るという意味である.これにローマではこのLibraがPoundに近い意味合いを持つ質量単位として使われていた事が加わって,今のわけわかんない関係になったらしい.質量と重量の単位の混乱が目に浮かぶようである.更にややこしい事に,実はEnglish systemには質量を表す単位としてPoundではなくSlugというものがある.が,実際のところこのSlugはNativeにもあまり知られていない.What unit is used for mass in English system?と聞いてみるのも面白いかもしれない.またはlbが何の略で,どこから来ているのかを聞いてみるのもアリだ.
さて本題に戻ろう.アメリカに居る以上,やはり基本は高カロリーファーストフード生活で,コーラはダイエットじゃないものを飲むし,コンボにする時もMかLサイズだし,食べ物を残すのはもったいないので全部食べる主義である.明らかに平均的なアメリカ人の摂取カロリーには及ばないが,日本で生活していた時と同じか,やや多めといった感じだ.糖分の摂取量については,日本に居た時よりも遥かに多い.成人病が心配なお国である.
という具合なのですが,アメリカに来てからの体重の増減は日常生活の範囲内で収まっており,わりかしタイトな服をずっと着続けられている事から体型もさほど変わっていないと言う事になります.この前風邪をひいた時に落ちた体重を戻したら,なぜかウエストだけ戻らすに結局ベルトの穴1-2個分ほど細くなってしまう始末.一体他のどこで体重を稼いだのかは気になりますが.こんなのだから,あんたなんで太らないんだ?って聞かれるわけですね.
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答えは簡単で,19 unitsをLab2個含めて取りながら,複数のクラブでOfficerをやっていれば自然とそうなる,となります.ようはエネルギー保存の法則に従って,得た分動けば良いという事です.だがしかし,これがなかなかピンとくる忙しさでは無いらしく,実は僕も数値化出来るほど把握しているわけではないんです.だったのですが,年の終わりに各クラブから発行される在籍証明書を見て思わず笑ってしまいました.Alpha Gamma Sigma Honor Society (AGS)のそれにはService hoursという項目があるんですが,申告した分だけでFallに50時間,Springに50時間も働いてました. ははは,正直予想の倍でした.単純な比較としては通常のメンバーの約4-5倍の量にあたります.
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昨セメはともかく,特に忙しくてぐちゃぐちゃだった今セメについて,これがどの程度の量だったのかを考えてみます.Springは19週間であるため,単純に割っても50/19で2.5 unitsに相当します.ですが,AGSは主な活動期間が2月初めから4月の終わりまでである為,実際は3ヶ月程度となります.週に直すと約15週となり,更に申告外の時間も考えるとそれなりの時間であった事は容易に想像がつきます.これでもAGS一つですから,もう一つのEngineering and Physics Club (EPC)の活動も考えたら,今セメ前半のありえないスケジュールも納得です.単純計算で5クラス&2クラブで28 units程度のスケジュールであった事が数字のある今ならわかります.なるほど,今なら僕の事をCrazyだと言う人の視点がわかります(笑) 数値的にこれぐらいやるとスケジュールを立てる隙すらも無い程忙しくなれるのですね.良い検証でした.フフフ……ここはとりあえず笑っておきましょう.
しかし,であればこそクラブでOfficerとして活動する事がTransferなどの時に意味を持ってくるのだという見方も出来ます.正直僕の活動時間は他のOfficerと比べてもやや多めです.この多さは次期の奨学金を考えると明らかなメリットとなりますが,そのスケジュールの読みの甘さから成績落としてるのですから,今セメは本末転倒だったと評価するべきでしょう.しかしここに来てようやく数字に出てきたので次セメはかなり楽になる事も期待されます.正直取りたいクラス枠を二つも逃すなど,明らかに本気でスケジュールを組まなかった今セメの経験から,次セメは今からもう組み立てに入っております.やはり,僕が昨年同じような事柄をより正確にマネージメント出来た理由は,考え抜かれたスケジュールが当たったからこそ,という条件があったようです.
というわけで,アメリカ体型を維持できるとう意味では,このスケジュールはオススメです.何か人間としてやや間違っているという評価をしばしば受けますが,僕に体型が変わらない理由を聞けば誰が見てもこれが一番の理由でしょう.ただこの体型だと,間違いなく服探しに挫折しそうな程苦労します.アメリカだと通常,一番細いメンズのウエストは30インチがいいところですので,僕の場合3サイズも上という事になります.ちょっと大きめとか何とかごまかせるレベルではありません.更にアメリカ人の体型に合わせてか,ツータック物が圧倒的に多くて,シルエットもガタガタです.細身には細身の苦労というやつでしょうか.



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4年大に行くためには - お金の話

  • 2008/05/22(木) 17:59:19

久しぶりの休みを利用して今一度4年大への道を考える.簡潔にまとめると,経済的な理由により僕が四年大に行ける条件は,International transfer studentsにNeed based financial aidをofferしていて,滞在にかかる費用をほぼ全額aid任せに出来る場合である.数年前に父が他界して以来,全ての学費は母が一人で負担しているので,より経済的負担の大きな4年大においてこれは絶対条件である.
実はこの条件が無ければ,つまりお金の心配をしなくてよいのであれば,今の状態でUCなどの州立大学へのTransferはかなりの高確率で可能だと見ている.しかし,州立大学は学費こそMITなどの私立と比較して安いものの,留学生には全くFinancial supportを提供していない.主な資金源が税金なので,当然である.
以上の事を踏まえて大学リサーチをしていると,自然とTransfer先候補は私立の,しかも豊富な資金力を持つ大学に限られてくる.具体的には,MIT,Yale,Stanford,Columbia,Cornellあたりが今のところ僕の条件に合致する可能性が最も高い.言うまでもなく,不登校から目指す場所としては,どこへ行っても文字通り究極点である.「中卒でMITに行こう.」とはつまりそういうわけである.
だがこれらの大学も年によって条件がコロコロ変わるのがまた予測しにくいところ.例えばHarvardも考えていたのだけれど,運悪く2008-2009,2009-2010の二年間はTransfer studentsを受け入れない方針を打ち出したばかりだ.近いところでCalTechも考えていたのだけれども,こちらも今はTransfer student向けにはFinancial aidは用意されていない.ちなみにこれらの大学全てに願書を出すだけでも,TOEFL PBT600 (iBT100)以上,SAT1 ReadingとWritingで700以上,SAT2のうちPhysicsとMath共に700以上の全てを満たさなければならない.
僕の場合は学歴から見て,最初はCollegeからスタートするのが最善の策だったのだろうけれども,もし,留学を考えていて,それがFinancial aidをアテにしたものであれば,最初からNeed based financial aidのある4年大に行く方が格段に安上がりである.Freshmanに対するFinancial supportは,Transfer studentsに対するそれよりも随分と緩いからだ.Financial aidが貰えた場合,CollegeとUniversityの学費の差など考えるだけ無意味である.
改めて見ると,文字通り挑戦としか言いようの無い道だ.何よりこれを今のCollegeの成績とスケジュールを維持したままで両立させなければならない.改めて,自らの覚悟の程を問う夏休み一日目.
よし,明日の計画は早速SAT1の参考になりそうな書籍を探し,ついでにスーツのパンツがとんでもないところで綻びているのを発見したので,それを何とかする手を考えながら,ブレザーのボタンを付ける糸を調達せねば.



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一回休み

  • 2008/05/21(水) 14:11:28

数時間前にめでたく最後のファイナルを終えまして,何とか今セメスターも生き延びました.今晩は久しぶりの一回休みという具合に怠惰を満喫し,明日から夏セメの間までにまたアレコレの画策を実行するわけです.
いつもなら休みの直前に50%以下まで体力気力を使い切って,チャージ期間にあてるのですが今回は風邪で調子が狂ったおかげで80%ぐらいの勢いで休み突入です.文字通り突入といった感じで,このままのテンションで休みも突っ走りたいところです.
日頃のとんでもない忙しさから解放されると,とたんにその忙しさが懐かしくなるわけですから,困ったもんです.むしろ休むと罪悪感が.日本的月月火水木金金の精神はアメリカに来ても変わらないようです.
あ,でも今回の休みには目標が一つ.それは日常生活の文化的水準を引き上げる事!というのも僕自身が常に感動を求め続ける事でモチベーションを得るタイプの人間で,それは物理に限らず,音楽,写真,絵画,文学,舞台芸術など気になったものなら何でも来いなのです.気になるかどうかは全部直感で.
何と言うんでしょうか,物理学は確かに物理的なセンスと数学的なセンスが最も影響を及ぼす分野ではあるのですが,人間それだけでは生きていけないもので,それをフルに出し切るためには何かエネルギーを与えてやる必要がある.それがいわゆるエネルギー保存の法則というやつである!馬鹿を言っていないで,物理的には美味しい食事,メンタルでは芸術なわけです.
芸術性と言うのは面白いもので,どこにも見いだす事が出来る.最近,近所によくロールスロイスのファントムが路駐されているのだけれど,近くで見るだけでスゲーの一言である.同じ車の定義じゃ気まずいんじゃないかと思える.かと思いきや近いうちに自衛隊に配備される予定のそうりゅう型潜水艇に採用された事で知名度が上がった気がするスターリングエンジンの熱力学的な芸術に魅入ったり,フルトヴェングラーの第九に聴き入ったり,滝廉太郎を聞きながら思いを巡らせたり,Flickrで気になる写真を探してみたり,相対性理論と量子力学の間でブラックホールの神秘的な振る舞いに惹かれたり,ジョンレノンの歌にハマったりする.
しかし出会いと発見というやつは面白い.何となくハマってしまうもの,心に触れるもの,魂に訴えかけるもの,しまいには別の世界を見せるものまである.そんなモノに出会ったら幸運だ.さて今年の夏は何に出会うのかな.
皆さんは,自分の魂に何かエネルギーを与えていますか?



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スーツの着こなしは奥深い

  • 2008/05/21(水) 07:40:29

僕は基本的にややフォーマルな服装が好きだ.日常のファッションもカジュアルさの中にフォーマルさを残して楽しむ.今の格好も下はフレアの入ったジーンズだが,上は二つボタンのジャケットと合わせて,それにカラーとカフスが黒で他が白という逆クレリックなシャツのセンターに入ったネクタイもどきのストライプと合わせて遊んでいる.
カレッジでこんな格好をしている人に出会う事はあまり無い.むしろアメリカでこのようなデザインのシャツにお目にかかる事があまりない.一目で印象に残るという意味ではお得感満載である.当然,よりフォーマルな服装を要求されるようなイベントでも,日本から持ってきた日本的なスーツ一式が役に立っている.というわけで今日はスーツについてちょっと書いてみる.ただ,うんちくだけだとつまらないので,僕なりの着こなしについても少し書いてみようと思う.
スーツと一言に言ってもピンからキリである.例えば僕がアメリカに持ってきたのは,数年前日本で買った初スーツ二着の内の一着で,用途の幅を考えてブラックである.シルエットは細身の僕に合わせて腰が絞ってあったり,肩が角張っていたり,でも着丈はやや長かったりとイギリスとイタリアの良いとこ取りといった感じで,シングル3つボタン,シングルベントと今時の日本の若者向けスーツだ.これに時と場合に合わせて白かちょっと派手なイタリア系デザインのドレスシャツと,ストライプのナロータイ,シンプルなやや小さめのシルバーカフスがいつもの組み合わせ.
アメリカで一般的に見るスーツというのは,やはりアメリカンである.具体的には,全体的にゆったりした作りで,ナチュラルショルダーだったり,僕のスーツとは好対照だ.輸入物やヨーロッパのブランドものを探せばそれ以外のものも見つかる場が,ビックリする程高くてやはりどこかアメリカンである.そりゃ今のアメリカの平均的な体型を考えると致し方ないのだろう.
さて,3つボタンと言えばアメリカにはアメリカントラッドというスタイルがある.細かい事は書いているとキリがないが,大きな違いは三つボタンのジャケットで一番上のボタンまでプレスがかかっていればアメリカントラッドだと言ってもいい.そういうジャケットは真ん中のボタンだけを留めて上と下は開けておくのが流儀だ.
実は他のスタイルでの三つボタンも同じように,上二つを留めるか,真ん中だけを留めてあとは開けておくのが流儀だ.アメリカントラッドは,言うなればこの着こなしを突き詰めた形なのである.下だけ開けるか,上下開けるかは,鏡を見てどちらがカッコいいかで決めてしまえばいい.僕はシャツとネクタイを見せたいので,胸元を開くために真ん中だけ留めている.
ちなみに二つボタンのジャケットも同じように上だけ留めて,下を開けておくとカッコいい.日本人の感覚から言うと,ボタンを留めていないなんて失礼にあたるかもしれない,なんて考えもあるけれども,これは留めるためのボタンではなく,単なる飾りなのであるから何の問題も無い.そもそもスーツはカッコいい見かけを追求して作られたものなのだから,カッコ良く着るものなのである.具体的には胸の厚さを強調し,逆三角形のシルエットを描く,西洋的な理想の男性像に近づくように作られている.
ジャケットと言えば後ろから見た時のベントの入り方もまたアクセントが利いていてカッコいい.今時の日本の若者だとシングルベントが主流だろうか.ベントはもともとは乗馬等の時にジャケットが邪魔にならないようにと考えだされたもの.実は最もフォーマルな形は何ベントどころではないノーベントである.ダブルベントはこれまたジャケットを着たまま帯剣しやすいようにと考案されたもので,なるほど,機能的である.ベントの種類を選ぶ時は,特にそれがフォーマルでなければならない場合を除いて,こういう視点から見てみるのも面白い.
ジャケットの着方を探るのも楽しいが,ネクタイとシャツの組み合わせを考えるのはもっと楽しい.僕は細身の体型に合わせて通常より細いナロータイを使っている.アメリカで同じようなタイはまず見つからない.こっちのタイは僕には笑えるぐらい太いのである.下手したら前面の半分の面積がネクタイになりかねない.そのネクタイの結び方も誰が考えたんだと言いたくなるぐらいいろいろあるけれども,僕が日頃主に使うのはハーフウィンザー,ダブル,プレーンノットの三つ.遊びでノンノットとかもするけど,ナロータイだとやや寂しい感がある.最低でも3種類ぐらい結べると,タイやその日の気分に合わせて変えたりして,これもまた一つの楽しみのひとつになる.
シャツは殆どの部分が隠れているにも関わらず,とてもややこしい部分だ.カラー(襟)とカフスの種類だけでも頭が痛くなる.とりあえず,手っ取り早くお洒落感を出すにはフレンチカフスにカフリンクスの組み合わせ.日本でもアメリカでもあまり見かけないフレンチカフスだけに,普通にカフリンクスだけ着けるよりも見た目で面白い.個人的な意見だけど,カフスをいちいちボタンで留めるより,カフリンクスで留める方が時間の節約にもなるし,お洒落もできて一石二鳥です.
カラーはボウタイやアスコットタイでもしない限り,体型やジャケットに合わせて決めるのがいいと思う.当然その時にも大事なのはカッコいいかどうか.タイをしたりしなかったり,カジュアルに着こなすのなら,トゥエボットーニにフレンチカフスみたいなコテコテも楽しいかもしれない.いや,ちょっとやってみたいだけです.
ズボンと靴については留学生という身分もあって使い勝手を優先し,軽くて履き潰しの利く合皮のスクウェアトゥのものを一足.ところがこれがクセモノで,もともと僕のスーツのズボンは踝ぐらいまである背の高いブーツとの組み合わせで履く事を考慮して少し短く切ってあるがために,今の状態だとちょっと短すぎるというオチが.更に長年酷使してきたので,疲弊感満載です.でも逆にフレアとダメージ加工の入っているジーンズなどとはとても相性が良くて,元々のカットがカッコいい事もあって手放せません.アメリカなら,ジャケットやブレザーにジーンズというのもアリですしね.
今時は長めの裾ばかり目にしますが,短く切るメリットはずばり足が長く見えます.長過ぎるズボンを無理して履くよりも,少し短めのものを履き,座った時などに見える部分をブーツでカバーという感じです.ただ文字通り組み合わせる靴を選ぶので要注意です.靴は重くて嵩張ったり,管理が大変だったりと留学において最難関のお洒落パーツですが,実は一番大事なパーツでもあるので,目下,何とかならないものかと画策中ですが,何とかなるんでしょうか.そうそう,靴と言えば最もフォーマルな形はストレートチップとされているので,とりあえずはこれを履いておけばどこでも安心ですが,唯一夜のダンスパーティーで良い点を貰うためには,エナメルの靴を一足用意しておくと良いです.というのも,革靴で女性のドレスを汚さないための心遣いです.
何だか書きたい事をつらつらと書き連ねているうちに随分と長くなってしまいましたが,正直文字数が足りなくて泣きそうです.いっその事複数回掲載にした方が良かったかもしれないなぁ.もう一度ネタが無い時のネタにでもするかもしれません.ジャケットだけでも書ききれない程書きたい事が.
スーツというとビジネスの色がとても強く,お洒落というイメージとはややかけ離れているのが日本の現状だと思いますが,その実例えばブレザーなどはカジュアルからフォーマルまでとても幅広く使える便利な代物だったりします.何よりどうせ着るなら楽しんで着た方が楽しいではありませんか.
では,2時間後に迫った最後のFinalへ向けて今から復習です.皆様よい一日を.



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写真公開始めました

  • 2008/05/20(火) 07:15:53

アカウントを作るだけ作って1年以上もほったらかしにしてあったFlickrアルバム作りました.http://www.flickr.com/photos/26724999@N02/
一年前に考えたネタなので,何の脈絡も無く一年前の旅行写真から上げたいと思います(笑) カメラがデジタルになり,撮影枚数をほぼ気にせずに撮れるようになりましたが,お陰で撮ったものの整理が大変です.iPhotoとPhotoshopで何とかなるかなと思ったんですが,撮影枚数1万枚を超えたあたりからちょっと怪しく.
少しずつ増やしていくので,ブログともどもよろしくお願い致します.



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Expelledを観る

  • 2008/05/19(月) 20:01:35

今日は久しぶりに映画館へ行った.Expelledという映画を観るためである.先日行われたInternational Student向けのRecognition Ceremonyで,Intelligent Designに関する映画が今上映されていると知ったからだ.
Intelligent Design (ID)というのは,日本語ではしばしばそのままにインテリジェント・デザインと表記されるか,もしくは知的創造論と言われるが,これが今アメリカでブームになっている.ちょっとGoogleで調べてみると,嫌と言う程にいろいろな情報が出てくる.それほど熱いネタなのである.
IDについて述べる為には,それをいくつかのパーツに分けて取り扱わなければならない.というのも,今やこの現象はとても大きな社会的,政治的影響力を持っており,それがために実に広範囲にわたってそれぞれに都合のいいように解釈されているからである.
まずは基本的な主張から見てみると,IDというのは読んで字のごとく,全ての生物は何らかの知的存在によってデザインされたのだと,科学的にそういう立場を取る事である.現在の科学でわかっている範囲では,今のような生物が存在するためには,とてつもない低確率で発生する現象をいくつもクリアせねばならず,それが単に偶然の産物であるはずがない.したがって,何らかの知性が意図的に生物を造り出したとするものだ.その知的な何かは,あくまで知的な何かとしか定義されていないのが,それが僕が捉えるところの,何の前後関係も考えなかった場合のIDである.
次にどんな人たちが主にこの論を展開しているのかを見てみると,一気に宗教色が高まる.宗教的見地からは,ID論は創造論で言うところのを,知性と言い換えたものだと捉える事が出来る.いつの世も,宗教に取って都合の良い理論は,宗教家によって宗教と共に推進されるものである事は,歴史が物語っている.逆に都合の悪いものは嫌悪の対象となるのである.この場合,その対象はダーウィンの進化論である.生物は自然発生し,それが地球上に広がるうちに,それぞれの環境の違いへ適用する形で多様性を獲得し,今の生態系を築いたとする進化論は,創造論やIDととても仲が悪い.
さてここに来てIDは政治的な色を帯びてきた事が見て取れると思う.ID論 vs. 進化論である.今,アメリカではこのID論を教育の現場へ取り入れるべきだとする運動が盛んだ.実際に,ID論は進化論と同等に公教育で教えられるべきだとの決定を下した州教育委員会も存在する.ブッシュ大統領もこのID論については肯定的である.
さて,ざっと概要を説明するとこんなところだ.なるべく簡潔にまとめるように意識した事もあり,ぱっと見ると今起きている事はそんなに霹靂としたものは感じられないように思える.実際はかなりドロドロである.どの程度ドロドロかと言うと,地動説とキリスト教の間にあったような関係にすら例えられる.事その関係においては,今日のアメリカの宗教と科学はコペルニクスの時代からまるっきり進歩していないのである.
科学の発展は,特定の宗教にとっては脅威である.その教えの根幹を揺るがす説が,一般常識として広まってしまうからだ.ダーウィンの進化論もそうだ.生物は,何者かが意図的に創造したのではなく,自然発生したとする今の進化論の説はとても都合が悪い.そこで目を付けたのがIDである.
今の進化論では,最初の生命の誕生を定義出来ない.ある種のタンパク質の固まりであっただろうとは言われているが,ではそれはどのようにして作られたのか,はわからないのである.大半の科学者は,それは偶然の重なりによって出来たと解釈している.当然,それは偶然なので,どんな現象でもかまわない.地球上のいかなる現象だろうが,はたまた隕石だろうが,あるいはまだ発見されていない未知の現象だろうが何でも良い.ID論はここを攻める.そんなの簡単じゃないか.知性が作ったのだと.
ID論に関する事を,宗教的見地から見ていくと,本当に泥沼にハマる.いつの世も,宗教を巻き込んで,ある説が受け入れやすいか,受け入れ難いかを論ずるのはとても労力を食う.今回のエントリーでも,それが例え議論の本質を外してしまう可能性があるとわかっていても,あえて宗教色は薄めている.しかしそうする事で,ID論について上のように単に言語的に分解し,比較すると,ある終着点がある事に気がつく.それは,生命の誕生に意思が介在したかしなかったのか,という究極点があるということだ.偶然意思は存在しないが,知性は違う.僕の視点から見ると,ID論を掲げる人々は,自分たちが無作為の産物ではないと主張しているように見える.
DNAを持つ生物の意思が,その進化に影響を与えるかどうかはまだわからない.しかし,それよりも前の状態,生物に意思があったかどうかもわからない状態ですら,生物は意図的に存在しなければならないと考えるのは何故だろうか.実は物理学の世界では,同じような,言わばの領域への到達を既に経験している.それも何百年も前に.先に挙げた,地動説とキリスト教の関係だ.
今でこそ受け入れられている地動説であるが,最初は,この意見を唱えるのは命がけだった.キリスト教が教えるところの,地球や人間はが創造したとても価値のあるものであり,従って宇宙の中心であるとする教えに反するからである.地球が動く事はへの冒涜なのだ.多くの科学者が異端審問にかけられ,有罪とされた.かのガリレオも,生涯に二度,異端審問にかけられ,地動説は間違っている事を認めさせられた.17世紀前半に行われたこのガリレオ裁判の判決に,ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がその間違いを認めたのは350年後の1992年になってからの事である.しかし,これもまた現法王ベネディクト16世によればガリレオ裁判は公正であったとされるなど,やや一貫性にかけるのは否めない.
もう一つ,偶然というものについて,物理学にはハイゼンベルグの不確定性原理というものがある.とても面白い概念なので,興味のある方はぜひともGoogleなどで調べてもらいたいが,これを宇宙の始まりの形とされるビッグバン理論へ応用すると地球生命の創造どころか,宇宙の創造からすら,意思が介在した可能性を消し去ってしまう.仮に何かが介在したとするならば,それは偶然を意図的に操作可能な何か,でなくてはならず,文字通りこの世のものではないか,存在不可能な存在であり,したがってその定義から科学的な検証も不可能である.つまりそのような定義のものを,科学的に論ずる事は非科学的なのである.科学は万能ではなく,あくまでそれが定義可能な事の内でしか通用しないということである.科学の発展は,それを適用可能な範囲を拡張し続けてきたと解釈する事もできる.
量子力学を見たアインシュタインは「はサイコロを振らない」と言ったが,今の学問で到達出来る創造のは確率が支配しているのだ.それを何とかしたければ,確率を用いずにそれを表す方法を編み出すか,別の何かを探すしかない.科学で扱えない事は宗教が扱う.バランスが取れている間はそれでいい.だがひとたび,何者かがそのバランスを壊そうとすると,この二つは激しく争う.歴史が記す限りでも,既に数百年間もそれを続けている.この争いそのものが人類にどのような影響を与えているのかの結論はまだ出ないだろう.そのためには更なる進化が必要である.
Expelledという映画自体の出来については,前評判通りかなりID論寄りで内容も挑発的であった.イントロがなぜかベルリンの壁の映像で始まり,ID論がなぜ迫害されているのかを追い続けるうちに,ダーウィニズムとナチズムの関係を指摘するに至り,仕舞にはホロコーストはダーウィンの進化論に影響を受けたナチやヒトラーがたどり着いた,より高等な生物へと進化しようとするための方法として行われたというものだった.そして今の進化論はID論に対して同じ迫害を行おうとしている,というオチだ.確かに,ID論を唱えたばかりに大学から職を追われた人もそれなりに居る.だが大虐殺が起きたという話も,その兆候も微塵も聞いた事は無い.それに,学説や主張の違いが学界に亀裂を生む事など,歴史を見ると明らかなように学問においては日常茶飯事である.
失礼かもしれないが,とりあえず悪者が信じていたんだから,それは悪い理論だという言い方は,ディベートには用いてはいけないのが鉄則である.そもそもナチと進化論の関係を追求するなら,ID論とキリスト教原理主義者との関係も同時に追求されねばならない.それがフェアなディベートというものである.
更には反ID論者の先鋒として知られる,「利己的な遺伝子」などで有名な動物行動学者Richard Dawkinsを反ID側の前面に持ってきて,彼の進化論者としての側面よりも,無神論者としての側面ばかりを強調していたのは,正直Dawkinsという人材の無駄遣いである.こういった演出からも制作者側の意図が見え隠れするのは否めない.あと個人的にちょっと残念だったのは,空飛ぶスパゲッティモンスターの話に全く触れなかった事であるが,これは宗教的見地から見たID論にはとてもとても都合の悪い意見なので致し方ない.
結論としては,ID論や進化論について,学術的な知識も,政治的,宗教的な立場も知らずに観るには危険な映画だ.ID論の広告的な要素が強すぎる.しかし,ID論と進化論の論争が,このような産物をアメリカにもたらしているという事実を客観的に評価するための材料には使える映画である.
映画を見ている間に実にたくさんの事を考えたが,なぜ学問に関する議題であるのに学術的な要素を排除するのかといったものから,非論理的さ加減,過剰演出に関する分析もさることながら,何よりこんな状況で教育を受ける子どもたちを何よりも不憫に思わずにはいられなかった.誰のためのID論か,誰のための進化論かという論争を,誰のための教育かという事と混同してはならない.ハッキリ言ってもいい.これだけ混乱している状態で受ける教育に真実は無い.代わりに存在するのはエゴである.だが実際に教える人間はそれをコントロールしなければならない.
アメリカは現在でも,特に若年層において地動説や進化論に根強い抵抗感を持つ人も少なくない.Collegeでよく聞くジョークがある.生物のクラスの一日目に必ず誰かが,「全ての生物は神様が作ったのではないのですか?」と質問すると.同じようなジョークは物理や地理にもある.もちろんこれはジョークだから笑えるのだが,アメリカとういのはそういう場所である.日本の教員よりはそういう事に対する免疫は遥かに強いだろう.皮肉な事だが,教育と宗教の結びつきを強く制限すればする程に,教える側は宗教をより深く理解しなければならない.さもなければ,ただそれを否定する他に道はない.
アインシュタイン曰く,"Science without religion is lame, religion without science is blind."だそうだが,その通りである.ID論の映画を見ながら,日本や中国,インドや中東の神話や宗教の語る創世を考えていた.そのように考えるとID論はとても狭い.一般常識とするためにはあまりにも狭い視点であるというのが僕の個人的な見解だ.キリスト教の創世論の言い換えに過ぎないと言う言い分も納得がいく.
一つ言える事がある.僕は世界の始まりについては,物理的に探求する事をこれからも好むだろうが,キリスト教の聖書や創世論については,今まで学んできた他の宗教と同じように時間を費やして学ぶ価値があると感じる.しかしID論については学ぶ気が全く起きないという事だ.それは,これが誰かの何かの役に立つ理論や,教えというものよりも,事実とても政治的な道具であり,むしろ世界の始まりに意思があったのならば,それは素直に神様でしたと言う方がよほど潔いと感じるからである.



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たまにはファッションの話でも

  • 2008/05/18(日) 12:50:36



僕の留学先はエリアとしてはOrange Countyという場所で,Los Angelesの直下にあります.LAと言えばセレブファッションの街……と言われると,うーん……それなりに,と答えたくなる現状がありますが,確かに,入るのも恐れ多いようなお店はたくさんあります.
以前,こっちで買える品で細身の体型に合うものは無いかと友人に聞いたら,Paul Smithはどうかと言われたので,ちょっとLAにあるお店まで行った時の事.ちょっと迷ってからようやく見つけた店舗の駐車場を見てちょっと焦る.何故ってそこに停めてある車の金額を合計すると,わずか数台しか停まらない駐車場なのに数千万円になってしまう.
こいつは紹介されるブランドを間違えたんじゃないかと思いながら愛車Honda Civicをやや離れた路上へ停め,いざ店内に入る.品物の価格は意外に幅があり超高級品だらけというわけでは無かったけれども,残念ながら価格以前にやはり僕のサイズは無かった.
一つ面白かったのが,店内にあったアクセサリや書籍コーナーに,日本の書籍がたくさん置いてあったこと.主に写真集で,日本の風景や庭園を撮ったものが多かった.アメリカはLAのPaul Smithにてそんなものが売られているとは,日本に居た頃には思いもよらないもの.
アメリカ留学するなら,着るものについてはジーンズとシャツがあれば他は何も要らない,なんて良く言いますが,嘘です.男性は一般的な,できればブラックのスーツ,女性はドレス程度は最低持っておきましょう.なんだかんだ言ってアメリカの礼節は西洋文化に基づいている事を理解しておかなければ,この多文化社会において失礼な振る舞いを自分が演じてしまう事になりかねません.
実際僕の場合,キャンパス内だけですら最低でも月に一回はスーツを着る機会があります.セメスター末でセレモニーや表彰式の多い場合等は,一週間に何度も着る機会があります.また,キャンパスの外でも,例えばちょっとシャレたクラブに行きたいと思っている場合,ドレスコードがあるのが普通なので,それなりの服を予め準備しておかなければなりません.サンダルにジーンズにプリントシャツといった格好で入れてくれるクラブはそう多くないでしょう.また,学生ならば文字通り信じられない程の格安で行ける,一流の奏者による演奏会や,バレエなどの芸術を楽しみに行く時にも重宝します.
ずーっと前のエントリーでも書きましたが,アメリカ人は人の格好をよく見ています.間違いなく,ファッションセンスは無いよりもあるように見える方が特です.
別にファッション雑誌を見て,デザイナーコレクションを見て,徹底的に研究してプロフェッショナルレベルを目指す必要も,実は本当にセンスがある必要も無いんです.日本人が昔から持っている,身なりをきちんと整える,という習慣を守っていればそれだけで十分であると感じます.
とりあえず僕の経験から言わせていただくと,ちょっと気を使った服装をしているだけで得をする事もままあります.僕の場合は単に個人的な好みから常にややフォーマルな格好を好んでしていますが.キャンパスでは珍しい事もあり,あまり得意な分野ではないにも関わらずファッションから話を広げる機会を得たり,フォーマルさが真面目さと映るのか,信用を得るのにも一役買ったりします.日本ファッションについては,それ自体が興味の対象である事も多く,日本留学生として楽しめるのも良いポイントです.
実は僕もこういう事を考え始めたのはアメリカに来てからで,というのも,よくよくこちらの社会や人の動きを観察していると,見かけというものをどの程度重要視しているのかが見えてくるからです.それが全てではありませんが,大きな影響力を持つのも確かなのです.



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英語ゼロから一年で英検二級を取れる場所

  • 2008/05/17(土) 17:49:29

気がつけば小学校でも英語教育が導入されようかという今日この頃.中学高校と6年間も時間を費やして学んでいるハズの日本人の英語の実力は残念ながら,その時間的労力に見合っているかと言うと微妙なところである.
日本を訪れた事があるという外国人にはこちらでも何人か会うけれども,日本文化や自然,日本人の親切さには触れるものの,いざ英語の話となると,残念ながらなかなか通じなくて苦労したよ,というのが共通する答えである.
また,こちらの学生に,日本人は一般的に6年間の英語教育を受けている事を説明すると驚かれる.当然,かけた時間と,実際目の当たりにするギャップにである.英語が出来なければならない,と強制するようなものではないが,なるほど,時間に見合った対価があるのかどうかは確かに疑問である.ただここで一つ注意しなければならないのは,こういった評価は日本人の口頭における英語表現力の乏しさから来ているのは確かである.
延々と論じられている事だけれども,果たして日本の英語教育の何がこのような結果を生んでいるのだろう.残念ながら,それを全く受ける事のなかった僕には,この6年間の答えを推測する事は出来ても,正確に知る事は難しい.でもかわりに1年間で英検2級まで取れる教育なら知っている.今回はそれについて書いてみたいと思う.
僕が中学にも行かずに英語も出来ずになぜか留学の道に乗ってしまったのが数年前.知り合いの方の紹介でIBS外語学院の門を叩いた時の事である.IBSとはInternational Brilliant Studentsの略であり,南徹学院長によって創設された鹿児島にある外語教育機関である.結論から述べてしまうと,1年で英検2級のノウハウは全てここに詰まっている.でも学院に直接問い合わせても企業秘密と言われて教えてくれないかわりに入学を勧められるのが決まりなので,僕が実際に経験した身から少し書いてみるついでにやっぱり僕も入学をオススメしてみたいと思う.
1年で英検2級.普通に英語を何となくやっているだけでは到底無理な到達目標なのは明らかである.したがって最初から言うのも何だけれども,IBSは普通ではない.この学院に居る限り,英語に限らず外国語を使う機会に困る事はまず無い.
授業はそのほぼ全てが英語で行われる.英語力ゼロだった僕も当然最初から全部英語の授業に参加するわけである.必要は発明の母と言われる程に,必要と感じる事がまず第一歩なのだ.
全ての勉強を自分の力だけでまかなえるのならば,何も学校などに行く必要は無い.そこに行くのは,そこに価値を見いだしたからに他ならない.僕が最初に感じ取ったIBSの価値はそこで働く人たちからである.教師は言わずもがな,スタッフのひとりひとりに至るまで,良い意味で常識では計れない人ばかりなのだ.
英語を当たり前のように使いこなし,海外で学び,海外で働き,海外で教え,それを活かし日本でまた学び,働き,教える.そんな日本人が実際に目の前に居るのだから,学ぶにこれ以上無い何よりの環境だ.
講師に至っては一体何カ国から来てるんだと数えたくなるぐらい多国籍で,更にそれぞれ言語以外にも専門とする分野を持っており,それがまた言語と結び合った瞬間に得られる広がりが凄まじい効果を発揮するのだ.そしてだからこそIBSの授業は英語で成り立つ.
英語を教わっても,何にどうやって使うのかがわからなければ,それをつかむ事が出来なければその英語は死んでいる.IBSでは英語で英語を学び,英語で環境学を学び,自己表現を学び,コミュニケーション学を学び,法律を学び,心理学を学び,自然を学び,外国文化を学び,果ては武士道まで学ぶのである.この文化の幅こそが,文化の産物である英語を駆使する力を育てるのだ.そしてそれはどこでも気軽に手に入るようなものではないのは明らかである.
こうして見ると1年間の間にとんでもない量の事をやっているように感じるが,そこが実に上手くスケジュール調整されていて,更にはスタッフの方々のフォローも相まって,IBSの学生はわずか1年の間に数々の経験を経て,文字通り顔つきが変わる程に伸びるのだ.
今回は英語に関する記事なので,とりわけ英語についてフォーカスすると,学院で主に文法や構文といった事柄を教えているのは文字通り鹿児島の英語教育の頂点を極めた人物である.とりあえず何を聞いても答えられない質問が無いと言ってもいいぐらいの人である.実際,中学高校で6年間教えても2級が取れるかどうかというものを,わずか10ヶ月あまりでカバーしてしまうのはこの先生の実力によるところがとても大きい.
IBSというのは寺子屋みたいな小さな学院であるけれども,こと人材に関してこれほど豊富な場所は,他を探せと言われればまず難しいと言う他は無いと思える.考えてもみて欲しい.いったいどこのどんな教育機関が,中卒英語力ゼロの人間をたったの1年間で留学可能にする事ができるだろうか.それを可能にするのは,常識を超えて新たな常識を作り続けるこの教育なのだ.IBSについて書いていると,どうも母校の自慢話ばかりになってしまうけれども,これほど自慢出来る場所なのです.



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