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MITへ行くには

  • 2007/07/26(木) 19:20:43

MITやtransfer、SATというワードで飛んで来る方が結構いらっしゃるのですが、ブログのタイトルの割に留学MITに関する記事が少なくて、どうもそういう情報を期待して来られた方に申し訳ないので少しまとまった事を書いてみます。
ただどうしても最初に書いておかなければならないのは、ここに書いてある情報を信用してはいけない、ということです。留学を取り巻く状況は常に変化し続けています。学校のカウンセラーですらあてにならない程に。ネットにもいろんな情報が転がってますが、総ては参考にしかなりません。当事者に確認するのが一番確実です。じゃぁ書かなくてもいいじゃんと言われればそれまでですが、現時点で自分が持っている情報を公開する事で、それが正しいのか間違っているのか、第三者の目に触れる事である意味での確認にもなりますし、もし変わっているのならそれはそれで変わっているという事実を知るきっかけにもなります。また、多くの日本に住んでいる方にとって留学や、アメリカ大学の編入(Transfer)制度というのは慣れないものであると思います。それを少しでも説明する事で、そのAdvantageを活かしていただければ、と思う次第です。なのでMITに限らず、留学に関する事柄を少しずつ書き貯めて行くつもりでカテゴリ化いたしました。

前置きが長くなってしまいましたが、今回はMITへのTransferについて少し書いてみたいと思います。MITへ入る手段の一つとして、まずは入学の容易な2年制のCollegeへ入学しある程度の単位を修得して後、MITTransferするという道があります。このやり方のメリットは高卒の資格を持つか、18歳以上であればとりあえず直ぐにCollegeに入れるところでしょう。一般的に2年制のCollegeの学費は4年制大学のそれとは比較にならない程安いというのもあります。また、仮に気が変わって他の大学に行きたくなった場合にも、Transfer先を変えるだけでよいのでFlexibleです。
Collegeで経費を抑えて安くで単位を修得して、それをMITにTransferするというのは一見非常に理にかなっているように思えますが、当然、同じような事を考えている人は沢山居る訳で、実際のTransfer成功率というのを考えなければなりません。MITのWeb siteにあるように、毎年MITへのTransferに成功するのは一ケタから多くても十数人だけです。更にTransferにはいくつもの条件がつきます。Collegeに2 semester以上在籍していること、MITの要求する単位(MITのWeb siteによると1年以上のCulculsかそれ以上のMathは必須、それ以外にCalculus-based physics, Chemistry, and Biologyなどの幅広い分野で取れるだけ単位を取っておくのが良いとされています)を修得していることなどです。Transferの時にSAT II Math and Physics and TOEFL or SAT(English)のスコア提出を求められますが、基本的にこれらのスコアの下限は無いようです。ついでにGPAについての下限もありません。唯一TOEFLについてはMITではなく、ビザの関係で577必要ですが。SATも下限は無いのですが、MITのWeb siteにあるように志願者のスコアは最低700あるとみていいようです。更に、International Studentsに対する最大の条件として、Fallしか願書の受付を行っていない、というのがあります。
以上の事をまとめると、CollegeからMITへTransferするためには、最低1年以上在籍した上で、FallにSAT II and TOEFL or SATのスコアと共に願書を出して、受かるのを祈る……というのがMITへの道、という事になります。最短のコースを考えると、FallにCollegeへと入学、翌年の1月までにSAT,TOEFL取得、そしてApplyということになります。MITのTransfer studentsへの対応を見ていて思うのは、受け入れ人数の少なさはありますが、こうして見ると割とハッキリとした道があるのはMITを目指す者としては幸いです。また、学力はもちろん大事ですが、時期というのもよく考えておかないといけないな、と感じます。
以上手短かですが、CollegeからMITへTransferする方法についてでした。細かい部分をいくらか端折ってるので、多少わかりにくいところがありますが、だいたいこんなものだということでご容赦くださいませ。



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凄いぞ日本の高校生!

  • 2007/07/23(月) 02:07:34

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070722-00000910-san-sociより。
この手のオリンピックと言えば数学オリンピックが有名ですが、物理版もあったのですね。日本高校生がこういった国際的なCompetitionに参加して結果を残すのは、日本人としてとても誇らしく思えます。
単に技術うんぬんかんぬんの話ではなく、こういった国際的な場を経験する事は参加者にとっても有意義なものになることと思います。残念な事に日本国内での知名度は今ひとつのようですが。日本の高校の物理のレベルはアメリカのそれと比べて高いです。数学も内容からしてアメリカよりずっと高いはずです。日本高校生はその事をもっと誇りにして、世界へとアピールしていっても損は無いはずです。そのためにこういう機会が設けられている事をとても羨ましく思います。
久しぶりに素直に喜べるニュースを見て喜びを感じた次第でした。

蛇足:最近どうも堅苦しい話題が多くて、ちっとも学生のブログらしくないので少しは頭を使う記事を書こうと思い、最近取ってるCulculusに関する事から一つ話題を用意してみました。まったく、数字の概念ってのは面白いものです。さて突然ですが、0.999...と小数点以下に9が無限に続く少数を考えてみて下さい。この少数、実は1と等しいんです。つまり、0.999...=1と表せます。えー!そんなんわけわからん!と思われた方、これが面白いように簡単な方法で証明出来ちゃうんです。証明出来る以上、そうなんです。答えはまた後日に。
もし何か思いついて、とてもとても暇で時間を持て余している方がいらっしゃいましたらコメントにでも証明をいただければ嬉しいです。いろいろな方法で証明できそうなので。



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英語で日本の文化を発信する!

  • 2007/07/15(日) 17:51:55

皆さんは、禅や桃の節句、特攻隊、田の神さぁ、宮沢賢治、西郷隆盛、刀、武士の心……そういった日本の文化を英語で、相手に伝わるように表現できますか?
日本の文化というのは、世界でも評価が高い。例えば、アメリカでは寿司という食べ物は市民権を獲得しているし、宮本武蔵の五輪書は"The Book of Five Rings"としてビジネス界でベストセラーになった。最近のものとしては、日本のアニメーションや漫画といった娯楽文化への評価はアメリカに限らずアジア圏でも高い。当然、寿司も五輪の書も娯楽文化も、最初の誰かが世界に紹介したからこそ、ここまで一般的に見られるようになったのだ。
でも最初にそれを試みた人たちは、一体どのようにして日本独特の文化を紹介していったのだろう。例えば、寿司という言葉に相当する言葉が英語には無い。だから英語ではSushiと言う。当然、英英辞書にはそんな言葉載ってなかった。寿司なんて生で魚を食べる習慣の無い人たちにとってはとんでもない食べ物だし、五輪書だって書かれたのは何百年も前で使われている言葉も古く、今や日本人ですらその意味を理解するのに一苦労する……にも関わらず、これらは大成功を収めた。何故か?それはこれら日本の文化を英語で、きちんと伝わるように世界発信してきたからだ。寿司とはどういうものか、どのように作って、どのように食べるのか、その文化的な背景や、日本的な感覚の素晴らしさを英語で理解出来るように伝えたからだ。五輪書だって、単に直訳しただけでは当の日本人ですら意味がわからないものが出来上がってしまうだろう。そうではなく、何故、どうしてそうなのか、その意図、背後にある日本の文化、そういうものをよく理解して、日本語とは全く違う英語という言語の上で再構築していった結果、ベストセラーとなるまでになった。
僕の母校であるIBS外語学院が今年も鹿児島中央駅前AMU広場にてストリートスピーチ@AMUと題して英語で日本文化発信する。舞台に立つのは今年の春に学院に入学してからわずか3ヶ月足らずの33期生達。彼らは総て英語で、それぞれが選んだ日本の文化を紹介する。こんなに面白いものがタダで見られるなんて滅多に無いことだと思う。最初の質問に少しでも考える事のあった方、彼らは恐らくその質問に最高の形で答えてくれるはず。英語で日本の文化を発信するというだけでも大仕事です。でもそれを主に高校を出たばっかりの若者達がやるというのがまた素晴らしい事だと思うのです。近くにお住まいの方はぜひ、遠くにお住まいの方も交通費だけですみますので、8月3日、午後12時半から6時半の間は鹿児島中央駅前AMU広場へ!きっとそこには驚きとともに新たな発見があるはず。



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根拠が不明瞭な制限

  • 2007/07/13(金) 06:37:57

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070712-00000136-mai-bus_allより。
デジタル放送複製を最大10回までとするそうです。より詳しくは記事を読んでいただくとわかりますが、最初に録画されたものから9回まではDVDへの複製が可能で、10回目の複製を行うと、最初に録画されたデータが消えるそうです。消費者としては現行の複製1回に比べ、随分と緩和されたことは素直に歓迎致します。
この記事を見て思った事がひとつ。複製回数の上限を最大10回とした理由として、3人家族で1人3回複製できることを基準とした、との記述があります。なるほど、と納得しそうになる理由ですが、何か引っかかります。普通に生活してる3人家族がそんな制限求めるでしょうか。そもそも録画回数を制限した理由は、家族の人数でも、1人あたりの複製回数でもありません。録画したデジタル情報を劣化なしに複製し、違法に使用する事による著作権侵害、ひいては経済的損失を防ぐという名目で設定されたものです。技術的に可能な事にわざわざ上限を設定する事の目的がこれ以外にあるとは思えません。今回の緩和でも孫コピー(複製から複製すること)が出来ない事を見ても明らかです。であるにも関わらず、上限回数がさも消費者側の理由で決定されたように述べられているのは、どうも気になります。このような制限を設ける理由というのは別に存在するはずです。なぜ上限を設ける必要があるのかを明らかにし、その上でその回数を決定する根拠を、と双方共に明確にするべきです。
ましてやこの問題については、賛成、反対に分ける事のできる、明らかなディベートです。こういった誤解を与えかねない表現よりも、まず双方の意見を簡潔に述べ、その上で導かれた結果として妥協案を述べるべきだと思うのです。そうすれば、その記事はもっと消費者にとって有益で、この問題に対する判断材料足り得るものとなるでしょう。
個人的にはデジタル放送対応機器などまだまだ高価で手が出ませんので、今はただ事の成り行きを傍観している感じがあります。そういえば日本に帰る頃にはもしかしたら、アナログの地上波は絶滅しているかもしれないのですね。アメリカに来る前、鹿児島に居た頃、高齢化の進むとあるベッドタウンにて本当にこれがフルデジタルになる日が来るのだろうかと、近所の風景を見るたびに疑問に感じておりましたが、果たしてどうなる事やら。



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教養としての宗教

  • 2007/07/11(水) 07:15:49

"Science without religion is lame, religion without science is blind. "とはかの有名なAlbert Einsteinの言葉ですが、アメリカというお国柄か、また日本で自分が見て来たものと違うからか、ここに住んでいると宗教を意識させるものを目にする機会が非常に多い。また実際に、宗教的なものを引き合いに出して誰かと話す機会も多い。例えば、普通のNon-native speaker向け(という事は学生が移民や留学生である可能性が高い)の英語のクラスでも、ある事柄について議論したりするのに聖書の内容を引き合いに出したりする。このような場においては、例えその知識の出所が何の宗教であろうとも、それは単に教養として扱われる。やれその宗教はなんだの、この宗教はどうだの、そんな善し悪しなどは関係なく、単に一般教養として求められます。
アメリカ文化というのは、キリスト教の影響を強く受けている。日本の文化が仏教や儒教の影響を色濃く受けているように。その文化の基盤があればこそ、Collgeに行ける程度の教養になると、聖書についてある程度の知識を持ち合わせていて、それに対して自分の見解、意見を持っている事を期待される。もちろん、彼らが聖書の内容を身につけている理由は、単に教養によるものだけではない事は、アメリカに占めるキリスト教徒の割合を考えると明白なのですが。
キリスト教だけではなく、例えば僕が日本人である事がわかると、仏教や禅について興味を抱いて質問をしてくる人もいる。仏教とは何ぞや、と。キリスト教徒でも、仏教の考え方が好きだと言う人や、禅をしてみたいという人はいます。彼らにとっては、それが宗教的であるかどうかは重要ではなく、一種の教養なのです。
キリスト教と仏教では仕組みもやる事も全く違うので、一概に比較出来ないのは承知の上ですが、それでも、ここに居ると正直、少なくとも四大宗教と言われるキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教あたりについてある程度の知識と見解を持ち合わせているとなにかと役に立つな、というのが率直なところです。何かこれらに関する事柄で一般的な質問をされた時に答えられる程度には。このような事は宗教に限らず、文化や伝統などについても言えるのですが、その話はまた機会がありましたら。



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スペシャリスト・ジェネラリスト

  • 2007/07/08(日) 05:45:10

スペシャリストとはある分野において秀でた人のことで、ジェネラリストとは広範囲にわたってそつなく物事をこなす事の出来る人のこと。スペシャリストは間違っても専門分野以外では何の実力も発揮できない人を差す言葉ではないし、ジェネラリストは何をやっても平凡な結果しかださない人のことではない。
人類がまだ農耕や狩りに頼って生きていた頃、人々はジェネラリストだった。得手不得手はあっただろうけれど、衣食住の全てを自分達の手で賄わなければならなかったため、それらに広く通じている必要があった。文明が発達するにつれて、それまで一貫して行われていた作業が分業化され、それぞれに秀でた人間が受け持つようになった。更に産業革命で世界的に一気に職種が膨れ上がり、今に至ってはスペシャリストと呼ばれる人たちの時代になった。
スペシャリストジェネラリスト。実のところどっちが欠けても今の世の中成り立たないし、この2者以外の人も沢山居ます。人間のやる事が増えてどんどん細分化していき、またそれに合わせて学業の分野もどんどん細かく枝分けされていきました。結果スペシャリストと呼ばれる人々が増えるに至ったわけですが、僕はそのスペシャリストと呼ばれる人たちの異業種間交流を促進することで、その専門性を更に活かす事が出来るのではないかと思う訳です。分業化が進んで、いかに優れた知識でもそれが他の分野までなかなか伝わらない。またその数が圧倒的に増えた事から、自分が必要としている技術を探すのも一苦労。そこで活躍できるのが、広範囲にわたって負けず劣らずの理解力を示せるジェネラリストであると思うのです。
人々のアイディアを結びつける事のできる人材。そういう人が増えるとまた今の世の中面白くなるんだろうなぁ、と思う次第です。



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アメリカから見た日本の政治劇

  • 2007/07/04(水) 14:47:48

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070704-00000030-mai-polより。
アメリカに住んでいると日本の情報を得るのは主にネットからになるわけですが、このようなネットからの記事を見ていて、少し心配になる事があります。というのも、今回の発言により辞任した久間氏について、その引き金となった発言については繰り返し繰り返し強調されるものの、彼の防衛省の長としてとの価値には誰も言及せず、その仕事ぶりを評価した記事すら見当たらない。就任してから一体何をしていたのかと疑問におもうぐらいだ。
仮にも一国の省の長たるものが進退を問われている時に、その仕事ぶりを評価する事すらないとはとんでもない話じゃないか。進退問題とは即ち、その人が閣僚として相応しいかどうかという問題であり、ただ単に一般に受け入れられない発言をした事のみを強調して判断するものではない。言い換えればこれは彼の閣僚としての質を問うというよりも、むしろ一種の人格攻撃であるという方が相応しい。
もちろん、これは仕事ぶりがよければ彼の失言も許容されるとかそういう話ではない。被爆国の閣僚としてかなり配慮に欠ける発言である事は明らかであるし、人格は能力と等しく考慮されるべき問題であり、残念ながら今回の結果はなるべくしてなったものであると思う。
結果はなるべくしてなったものであったとしても、その過程については全くもって不透明であり疑問の残る何とも後味の悪い一件である。



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